留学者一行の旅路Ⅲ クラール共和国滞在記

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       ―旅の景色Ⅵ 5日目、見物、ベッツの南通り市―    誘ったときには、セイブと見て回るのもいいと思っていたグウェインだったが、人数調整でファムが同行することになったので、そそくさと立ち位置を変えた。 ファムは、このような(いち)を見回ることなど、なかったそうで、初めての光景に気を取られる彼女を、うまく導いてやることは、なかなかに楽しく、やりがいのあることだった。 セイブは、そんな兄の表情を見て、色々と思い至り、事情を察すると、ちょっぴり、切なくなった。 王たる器と思える長兄リーヴに、憧れながらも萎縮して接するしかなかったセイブを、グウェインは、よく助けて、兄と弟の橋渡しをしてくれた。 それはリーヴに限ったことではなく、ハシアが知恵をつける前は、カタリナやシリル、両親との関係を具合良くしてくれていた。 今では、公務に力を発揮しているグウェインだけれど、それ以前には、彼が家族を、繋いでいたのだ。 それが…恋とは、時に暴虐だ。 いや、この程度なら、そこまで、言うほどではないか。 なんにせよ、この気持ちはどうにもならない。 「はあ」 「どうか?」 ラケットの声に、はっと、状況に立ち返って、背中に力を入れた。 「いや、なんでもない。ここは、フランシアの(いち)と、あまり…いや、なんだか、違う、か…」 少し前を歩いていたカヌイが、ちらりと振り返った。 「ここは、フランシアよりも、食材の生産地が近いですから、日持ちの、し(にく)い葉物野菜や果菜が多くて、彩りが豊かですね。それ以外の食材も、ミルフロト王国の中央に当たりますから、集まりやすいのでしょう。近隣の領地よりも、住民が豊かですから、よい値段で買ってもらえる。買う側からすれば、高い金を出すのなら、より良いものを得たい。客の1人1人が、店の商品をじっくり眺めています。だから、全体的に、動きが(ゆる)やかです」 「動き…」 「ほかにも、身なりや、仕草、顔付きなども違いますね。フランシアでは、近付く人を、じっと見て、何かされないかと警戒している。ここでは、誰かが近付いているなと思うと、問題が起こることを()けるために、接触を()けようとしている。町ごとに、様子が違うのなら、対応も変える方が、無難というものでしょうね。まあ、それは、追い追い学べることでしょう」 「ふうん…」 なんとなく音を出しながら、カヌイの様子を観察する。 武を修めようとするなりに、騎士という武人には興味を持つセイブだ。 「そう言えば、お前たち、ガリィは、それなりの腕前を自負しているようだが、やはり強いのか?」 カヌイは、ははっと笑う。 王族相手に、いかにも気安いが、軽んじられているようには思えない。 「まあ、それなりですよ。上には上が()るのが当然です。それは、じゃあ、興味があるのなら、到着後に、あちこち声を掛けてみましょう。アルとか、きっと、大喜びで参加してくれます」 「へえ?冒険者組合では、なんだか、落ち着いた戦いだったが」 「あは。それはまあ、戦力差が大きいとかだと、力半分になるのは仕方ないかと。ただ、ちゃんと、向き合っては、くれていたはずですよ。どうです?」 「うー…ん。まあ、そうかな…」 セイブも、シリルより強い程度には、それなりだ。 ただ、護衛など、役割があるわけではないので、打ち掛かられたときの対処の範囲だろう。 武術を突き詰めることは、好きなことではあったけれど、その先に、自分がなんでも解決する、という意識は、今のところは無い。 兄たちの願うところを、実現できる自分でありたいと、そう願っているだけだ。 あと、ちょっと、妹たちと、弟のことは、守れる自分でありたい。 いや、ちょっとではないか。 とにかく、冒険者組合で、アルの(おこな)っていたことを、見極められるだけの力量はある。 ただ、他者の意図、というものを、読み解く力が未熟なだけだ。 「負けたくないと思う相手、強敵には、攻勢で挑むことが多い…いや、そういう人です。まだ、若いというのもあるけど、性質として、彼は、全力を発する方が、合っています。それを受け止めてくれる相手になら、遠慮などしない。命の()()りを前提としないところで、遊戯のように映るかもしれませんが、だが、やはり、あの人は、騎士なんです。命を懸けるべきは、戦場ではなく、守るものがある場所だと、知っている」 「戦場、では、ない…」 「戦場というものを、どう捉えるのか、という違いも、あるのでしょう。ただ、俺には、こう表現するのが、近いと思えるんですよ…」 周囲を警戒する目の中に、何か、違うものが交じっている気がする。 その合間に、カヌイは、ちらりとセイブの表情を確かめて、言った。 「辞書に書かれた言葉の意味も大事(だいじ)ですが、自分が、他者が、その言葉をどう受け止めているか、そして使っているか。それは、相手と対話することでしか、掴めないと思いますよ。あなたは、もしかすると、そういう、対話を多くする方が、得るものが多いかもしれません。辞書を見るのではなく、実際を見ることが。そのように、教師の(ほう)には、話しておいてもいいでしょうか?報告の内ではあるんですが、それが影響を与える時に、要不要を判断することも、あなたには必要だと思えるので」 「そんなことが報告に入るのか?」 驚くセイブの顔が面白かったようで、カヌイは、口を塞ぎ掛けて、上げた手を、自分の(あご)(かす)めながら下ろした。 「そんなこと、では、ありませんよ。それこそが、重要じゃないですか。あなたは留学するんだから」 「―――!」 目を見開くセイブに笑顔を深めて、斜め後ろを歩くラケットにも目を()ると、また表情を変えて、笑い顔のまま、前を向く。 「我々には、ほかの国が、どのような状況の中で国力を保っているのか、数字など、文字に起こせることでしか、把握はできません。だから、あなた方にとって、どんな学びが必要なのか、判らないとしか言えない。それでも、少しでも役立つものを得て欲しい。それが、教育を提供する(がわ)の願いです。最善は尽くします。あなたも、最善を尽くして欲しい。そのように、本国から離れて、弟妹殿下を見守るあなたには、承知しておいてもらいたい。実際に何が必要かは、教師たちが、また、政王陛下を通して、示されるでしょう。外務官や、調整者とは、また違う対応が、王族の中でも年長のあなたには、求められることになります」 思った以上に、兄たちがいなくなることが、重い負荷であることを知った。 じわじわと侵されるように、心が固まっていく。 重くなっていく。 「ただ、相談できる者は、多いですから。外務官の立場、護衛の立場、調整者の立場、同じ王族の立場、同じ留学者の立場。ってね」 そう言って、カヌイは、再びラケットに目を()ると、ふっと笑った。 「問題を分ければ、解決できることが増えるかもしれませんし、組み合わせにもよりますから。異国の者なりに、できることもありますので、どうか、その時は、お声掛けください」 「………分かった…」 取り敢えず、のように答えたが、言ってみて、少しだけ、心が軽くなった、柔らかくなったような気がした。 カヌイは、はい、と答えて、周囲に目を向ける。 どこか、静かに、染みるように、心に入り込まれた気がしたが、それは、手を取って、温かさを分けられるのに似ていた。 「あの、セイブ様」 ラケットの声が、少し近くて、そちらを見ると、気持ち、前に出て、横に並んでいると言えなくもない位置に()た。 「頼りないと思いますが、話を聞くことと、俺なりに、動くことはできますから。その…、忘れないでください…」 精一杯の、言葉は。 自信は持てない。 これを、王子に向けて言うに値する言葉とは…言えない。 でも、精一杯の、気持ちを込めて。 伝わって、欲しいから。 「頼りにしてるから、選んだんだ!」 怒ったように言うセイブに、ラケットは、困ったように笑う。 後ろで見ていた護衛騎士隊隊長のクラセスは、これだから王族ってやつはと、息を()く。 兄王子たちと比べれば、武術に長けている程度では、精彩を欠くと言われてしまうが、その人柄による求心力は、その祖が王族となった(あか)しの、血筋だと、知らしめるようだ。 人それぞれ、意識が違うように、求めることも違ってくる。 もしも、本気で兄弟姉妹が争い合うなら、数の差はあれ、軍部は、きれいに6分割されてしまうだろう。 正直、手を焼くこともあるけれど、クラセスは、かなり、自分の王子を気に入っているのだ。 「セイブ!」 不意に声が掛かって、セイブが駆け出す。 グウェインの声に、ああ、兄弟仲が良いとは、(とうと)いなと、クラセスはまた、息をついた。
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