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―旅の景色Ⅶ 5日目、探訪、異国料理―
クラール共和国は、それほどに広い土地でもないのだが、中央に位置する、首都となったベッツに人が集まっており、食材が多く集まる市は、横に長い、通りと言った方が良いかもしれない広場の、いっぱいに見ることができる。
グウェインがセイブを呼んだのは、葉菜…葉に苦みなどの食べ難さが少なく、料理の香り付けに使う香草より、量を多く食べることを見込んで育てられた野菜を取り扱っている店だった。
そこでは、もちろん、緑色が多いのだが、黄色、紫色、赤色と、ほかの色も少なくない。
「そこを見ろ。ツァイロと言う植物なんだが、ケイマストラ国から輸入されたものだ。南部の一部にしか育たないんだが、そうして、根を水に浸すと、枯れないんだそうだ。ほかのものだと、腐ったり、枯れたりするそうなんだがな。今は少量しか仕入れられないそうだが、うまく大量生産できれば、これ一種でも、かなりの利益を得られるかもしれない」
「そうなんですか?」
「だが、こうして、根から抜いて輸出していれば、他国でも作れるようになるかもしれん。そうなると、いくら自国で生産しても、他国では、必要なくなる」
「ああ…」
「その辺りをどうするか、お前も考えてみるといい。手法を考え付かなくてもいい。ただ、問題を解決するのに、何をすればどうなるか、考えるということをするんだ。ほかの者に頼っても構わない。だが、それならそれで、どのように頼るかが、また問題になってくる。どこまでも、どんなことでも、考えることを、しなければな。我々の判断の下には、多くの民の命があるのだから」
「はい…」
見上げた兄は、ちょっとだけ、その野菜を見つめたあと、弟に目を移して、ふっと笑った。
「離れる前に、もう少し、兄らしいことをしなければな」
「兄上は、いつだって、兄らしいです」
「ふふ。だといいが」
「…セイブ様は、苦手なものでも、よく味わって、お食べになると聞いております。それもあって、食材の種類を多く知っておられるとか。そちらの食材を、ご存じでしたか?」
ファムが横から、顔を出して、2人の王子の表情を見比べながら、話し掛けた。
邪魔をしていないか、心配なのだろう。
「ん。食べたことはあるが、そういう保たせ方までは知らない。あと、名も、忘れていたぐらいだ。南部に行ったときに、何度か食べたんだが」
「やはり、食べた経験は、あったのですね!味も忘れてしまいましたか?」
「そうだな、特に覚えが無いので、特徴は無かったように思う」
「ああ!確かに!それでは、覚えている方が難しいですね!」
「…………」
セイブは、ファムの笑顔に、こんな顔もするのかと、少し驚いた。
リーヴの婚約者候補は数人居たが、いずれも、社交的だったように思うので、いつも控えめに微笑んでいたファムのことを、おとなしい女だとだけ記憶していた。
リーヴがケイトリーを選んだとき、あの女では、そうだろうなと、意味もなく納得していた自分に、気が咎めた。
こんなにも、笑顔が魅力的だとは、知らなかった。
「ファムは、あれこれと食べるのか」
「ええ、その、野菜に限りますけれど。あまり肉など、好まないもので。それに、野菜は、様々な種類があって、感心してしまいます」
「俺も、もう少し、覚える努力をしようかな」
「好きと言うほどでなくても、興味を持てると、覚えが良いですね!」
「うん…」
慎ましやかではあるけれど、本来は、こんなにも、明るい性質だったのだ。
王太子妃候補として、務めていた頃には、それは気苦労も多かったことだろう。
今、こんな風に、笑っていられる彼女を見られて、よかったなと、しみじみ思った。
王族とは、これに嫁すとは、重い務めなのだ…。
「しかし、今見ている、このままを、食べることはできないものか」
ふと、グウェインが、そんなことを思い付く。
確かに、今、ここで、その調理される前の形を見ながらでなければ、食べても、実感が持てない。
話を聞いていたカヌイが、声を上げる。
「ん!それは、面白そうな取り組みですね!調理せず、生でということではなく、これらの調理された形を確認して、食べたいんですよね?」
「うん。まさか、生では食べないぞ」
グウェインは笑って言うが、アルシュファイド王国では、料理人に限らず、果菜であれば、種類によっては畑で、もぎ取ったものを、ちょっと拭いた程度でも食べることはあるし、畑まで様子を見に来るような料理人の多くは、それ以外も食べるという話を、農家の者から聞いていた。
「いや、料理人は、普通にそうしますよ?って聞きました。それはさておき、しかし、料理人をここに連れてくるわけにもいかないし。いや待てよ、料理を学究として作る者もいるかもしれません。しかしそれは、今すぐには、無理ですねえ。宿に戻って、調理の様子を見ることはできますが、それも何か、違いますね、ここで食べるのが、面白い…」
なんだか、とんでもない話に移行しようとしていないかと、グウェインは汗が流れる。
「いや、すまない、無理を言ったな…」
「いえ、色々と準備は必要ですが、無理と言うほどではないんですよ。ただ、何しろ、急なことで、不備に対処するのが難しい。うーん。お帰りの頃にでも、対応できるといいんですが…、申し訳ありません、今回は、見送らせてください…」
申し訳なさそうに言うが、なんか、できる、ようなことを言っている気がする。
これは突っ込んで確かめない方がいいような悪いような。
「ああ、そうです!食材の元の形は分からないのでしょうが、この辺りの食堂は、この、市から、食材を入手するところが多いんです。今のうちに、昼食の場所を決めておきましょう。この人数だと、三手に分かれた方が良さそうなので、手配します。野菜の種類が多いような、葉野菜なら、炒め物…コズリ料理辺りが、ちょうどいいかもしれませんね」
コズリ料理というのは、サズの粉を使って、紐状や板状、楕円の小さな団子状、蝶形などに成形したものを具材と絡めたり、挟んで焼き上げたりするもので、サズ生産で世界すら支えるチタ共和国と、アルシュファイド王国を中心に親しまれている食べ方だ。
クラール共和国でも、数年前から、チタ共和国からの、特に港も含んだ品物の流れが良くなったことで、隣の領となるミルフロト王国の国王直轄領リタに魚介類が多く入り、そこから、いくらか消費の減った肉類が流れてくるようになったこと、コズリ料理が親しまれるようになったことで、調理法として、クラール国民に広がり、専門と言っていい扱いをする食堂も出てきたのだ。
アルシュファイド王国に行けば、珍しい調理法ではないけれど、今、ここでこそ味わえる食材は、煮込み料理よりも、炒め料理の方が、原形が判別できるし、味わいが残るだろう。
カヌイは、方針を決めると、事前に聞いていた食堂の情報から、顔触れを3組に分けて、それぞれで食事とすることにした。
先の話の流れでもあるので、グウェインと、ファラと、セイブとラケット、テリーゼと、男の私的留学調整者のノベル・バステアが、ひとつの食堂で、侍従と侍女と、護衛たちも、同時に食事の時間とすることにした。
ちなみに、ここにいる3組のうち、ほかの1組は留学者たちの組だが、もう1組は、休暇として同行しているケイマストラ王国の警護の者たちだ。
そのような組分けに分かれて同行している、アルシュファイド王国の騎士たちの間で遣り取りし、12時には、まだ早かったが、それぞれの食堂に入って、昼食とした。
グウェインたちが入ったのは、コズリ料理の店で、味付けは大体、塩、胡椒なのだが、多種類の茸や、多種類の野菜の組み合わせによって、見た目と食感と味に違いを作っていた。
店の者には頼んで、食材の原形と言える状態を見せてもらい、説明を受けて献立を選ぶと、留学者たちは、改めて、食べ物というものに、感動と興味を持ってくれたらしかった。
予め、小皿をもらっていたので、ほかの者たちの選んだ一皿の味わいを知り、野菜の種類によっては、味も、口に入れたときの香りや、噛んだときの味わいなど、特徴があり、特に、香草も加わっていれば、一品一品の味わいに纏まりが感じられたりもする。
コズリという共通の食材と、似たような調理の仕方で、その違いが、より明確に思われたのだろう。
会話も弾んで、互いの、ひととなりの一端を知り、一同には、またひとつ、旅の楽しみが増えていた。
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