留学者一行の旅路Ⅲ クラール共和国滞在記

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       ―旅の景色Ⅷ 5日目、観光、ベッツの東通り(いち)―    折角、馬車を借りたのだからと、昼食までの時間をベッツ城近辺の遊歩(ゆうほ)観光をすることで過ごした馭者たちと孤児の少女たちは、再び乗車して、異国の者が多いと言う東通り市に向かった。 大変な賑わいだったので、少女たちには、危ないところがあるだろうと、通りを見下ろす店に入って、窓際の席から見下ろすことにした。 その、きれいな建物は、最近、作られたようで、高級感を与える扉は、(ふところ)の寂しい者には、入るのに少し、勇気が必要だ。 こちらを案内してくれた者は、アルシュファイド王国の大使館で雇うクラール国民の案内人で、クラール共和国駐在大使が立ち上げた商業施設なのだと教えてくれた。 「この辺りには、ゆっくりと話すような場所が無いので、異国の者であれば、安心して交流できる場所というのは、必要を感じてもらえるだろうという考えです。できるだけ、広場を見渡せるようにということで、このように、広場側に、落ち着いて座ることのできる座席を設けて、数を用意するために、2階層に飲食区画を分けています」 この喫茶店の広場に面する1階は、机を囲む席が多かったが、2階は、特に窓側には、段差を設けてある。 そのため、現在、彼らの()る2階部分は、通常よりも低い床と、高い天井の大きさに合わせて、縦長になっており、広場側一面を占める窓に向けた座席が、かなり多くなっている。 屋根しか見えない店もあるが、通りの人の流れを知ることができるので、初めて、この国に来た者も、どの辺りを目印に動けばよいか、見当を付けることができる。 「なるほど。座ってしまえば、仕切り板の向こうの者の様子は分からないんだ。これなら、落ち着ける」 「そうなんですか?私には、よく分かりませんが」 警護の点から考えると、不安は抱えるが、馭者たちにしてみれば、観察されない状態なら、それでいい。 注目されると思わなくても、他者の目への(さら)され度合いは、気になるものなのだ。 つい先ほど、昼食を摂ってきたばかりなので、空腹ではないのだが、ゆっくりと町の中を見物しながら通ってきたために(のど)は渇いており、飲み物ぐらいは、欲しいと思う。 目の前で()れられる茶を見るだけでも、きらきらと瞳を輝かせる少女たちを見られただけで、小さな幸せが(とも)っていく。 今は、仕切り板の向こうで、おいしい、おいしい、おおいね、おおきいねと、取り留めのない内容の声を上げる少女たちに、また、笑みが深くなる。 「下の階は、じゃあ、商談?」 「ええ、見込んでいるのは、最初の話し合いですね。秘密にしたいこと、具体的な数字とかを出す時は、また別の、建物の奥の方に、商談区画があります。ああ、上の階です。建物の下の方は、異国の品を多く見て買えるところで、2階は、使い心地を確かめる目的も含めて、喫茶区画が多いです。3階は、異国向けに輸出を考えているクラール国主導の商品で、これからミルフロト国で、多く作っても利益が出るかどうかという、試しの仕入れを、品物を見ながら話し合うところです。その上の階が、個別の商談区画で、その上は、少人数向けの宿泊施設です。だからまあ、商人でもない者は、2階までの利用を考えています」 「異国での、自分の国の施設を利用するのも、不思議な気分だなあ…」 案内人の男は笑った。 「でも、アルシュファイド国を知る者には、安心できます。ちょっと前に、騒ぎがあって、追われる者が入り込んだんですけど、追う者は、建物に入れなくて、怒声を上げてたんですが、あっと言う間に警備の者に捕まってしまいましたよ。聞いた話では、借金の取り立てを行っていたとか。(ひと)()ず、立て替えるなどで、処置したあと、今、その金貸しのところ、問題が無いか、洗い出しているところだそうですよ。なんか、回収できない金を貸すなんて、アルシュファイドでは詐欺も同然なんですってね…」 「え?うん。そんなの、当然…っ!ぅえ、それ、こっちでは、普通なのかあ…!」 「は、はあ…」 困ったように笑う男は、ちょっと恥ずかしく思っているのかもしれない。 視線を伏せて、肩を縮める。 その肩を掴んで、この国の者からすれば異国の民である馭者は、言った。 「俺たちは、今では、それを詐欺だと思っている。でもそれは、過去に間違いだと定めたからだ。そういう過程があったんだ。今の君たちが、それをどのように受け止めて、対処するかは、君たちにしか、決められない。異国の者の言うことを丸呑みにするんじゃなく、君たちが、どう考えるのか、見定めて、納得いく答えを出さなきゃいけないんだからな。忘れるなよ」 案内人は、驚いて、少しの間、口を開けていたけれど、やがて考える瞳で、目の前の異国の民を見つめた。 きゅっと、唇を引き結んで、(まばた)きする。 「ええ。はい…」 具体的に、自分にできることがあるとは、思っていない。 ただ、水の流れに押し流されるように、流れていくだけは、確かに、それは、自分を失っている。 案内人は、何をする、とは、決められなかったし、そもそも、思い付きもしなかったけれど、強い目を持って、異国の民たちに笑顔を向けた。 今は何も思い付かないけれど。 覚えていなければいけない。 覚えていようと、思うような、一事(いちじ)だった。
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