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―旅の顔触れⅡ 馭者|青―
今回、旅の客車は、貴人の多くを乗せる定員30名の2台と、侍者の多くを乗せる定員31名の2台で、合計4台を使っている。
貴人用客車は、現在、男女混合で乗車しているが、侍者用客車は、侍従と侍女に分かれており、侍女の乗る客車には、王都フランシアで孤児として生活していた少女6人を同乗させていた。
なんとなく、後部の座席を選んで、2人ずつ座っていた少女たちに、アルシュファイド王国の遠境警衛隊の隊員である女騎士たちは、最初の町に着いたら、どうしようかと話し掛けていた。
「王都から出たことがないなら、取り敢えず、ゼノンの町を眺めてみたらどうかと思うの。あとは、ちょっとだけ、宿町の様子を眺めて、王都とは違う人や、店の様子を見てみましょう。まだ、1日目だから、少し体を動かしてみるぐらいで、いいと思うの」
クキュトル・バレー、通称トリィは、真正面から見ると、短髪に見えるが、後ろ髪は細い束になって、動く度に揺れ動く様子が、長い尻尾みたいで、かわいいなと、年少の少女4人は話していた。
透明感のある水色の髪を持つトリィは、どこか、人ではない生き物のように、感じられた。
それはたぶん、うつくしい水の、意思はあるけれど、存在自体が透けて見えるような生き物。
そんな生き物の笑顔なものだから、年少の子4人が、ぽうっと惚けてしまう気持ちも、解らないではない。
年長の2人は、自分たちまで惚けてはいられないと、答えを探す。
彼女らは、どちらも今年15歳の少女で、うち1人は、ぱっと見は物静かな印象の、焦げ茶の髪と金交じりの黒い瞳を持つラテリア。
もう1人は、朱色の髪と、赤みが強い黄色の瞳を持つ、ファルレイヤ。
年少の少女のうち2人は、ラテリアとファルレイヤと、同じ孤児保護施設に居たことがある。
そのうちの1人は、赤みが強い黒髪のカタリアナで、今年10歳、通称をリアナと言う。
もう1人は、黒色も多い茶色の髪のハシアラで、今年9歳。
あとの2人は、別の孤児施設に居た少女で、赤寄りの暗い茶髪の子がアステラという名で10歳、薄めの茶色い髪が、上から下まで等間隔で、きれいに波打っている子が、ミリティエ・ハスマという名で9歳だ。
ミリティエだけ、少し、ほかの3人よりも体が細めで、ふわふわの髪が頭の位置を揃えるけれど、目線は確実に低い。
ハシアラは、背丈だけは、リアナとアステラと並ぶけれど、ひょろ長い印象で、体の造りが、2人よりも頼りない。
客車内には、一定の温かさがあり、外套を脱いで過ごすと、ちょうどいい。
外套を脱いだ服装は、いくらか色は違うけれど、同じ素材で同じ形なので、揃いと言えるだろう。
厚手の服が彼女たちの体の線を隠すが、これまでの食事が貧しかったことを知らせるそれを、護衛を受け持つ女騎士たちは承知している。
それはそうと、年少4人の顔の造作は全く違い、成長するに従って、もう少し変化がありそうだったが、心根を映すような表情が、愛くるしいところは共通している。
ラテリアとファルレイヤは、もう少し、ちゃんとしたものを食べる期間を持てば、間違いなく貴石の双玉を思わせる2人となりそうだ。
華やかさは無いけれど、素地が良く、違う意思を持ちながら、その強さは感じられ、やさしい気持ちが垣間見える、柔和な顔立ちだ。
改めて護衛対象の少女たちを観察しながら、もう1人の女騎士ハーニャ・メルトは、なんでこんなかわいい子が6人も揃ったかなと、思う。
その意識が、既に身内贔屓であることを、彼女は無意識に横に置いていた。
さて、一方、侍女たちは、さすが、位階は低くとも、貴族位もいることだろうし、全体の印象として、美しさを感じる女たちだ。
洗練を美しいと思う、そういう美人揃いだ。
1人だけ、最年少の15歳である、王女ハシアの侍女ミレイユ・ハスフリーは、表情が暗いので見落としそうになるが、間違いなく美少女だ。
その年齢もあるので、自分たちが護衛を受け持つ少女たちと親しめた方が、彼女には良さそうに思うのだが。
ハーニャの思考を知ったわけではないのだろうが、同乗していた、政王機警隊のガリィリディナ・グロー・ロウが、通路を挟んで侍女たちの多くが集まる前列に行き、突き当たりの壁に埋め込まれた簡易の腰掛けを出して座ると、左右でそれぞれ、向かい合う席の8人に話し掛けるようだ。
ハーニャのところまで聞こえる声ではないが、何やら、提案をして、侍女たちの意見を聞いているようだ。
そのうち、話がまとまったようで、出入口正面にある3席を示し、それを受けて、2人の年少の侍女2人が立ち上がり、王女ハシアの侍女を誘って、横並びに3人分の区切りがある、客車中央に位置する長椅子の席に座った。
ハーニャの立つ位置では、会話が、よく聞き分けられたので、ほかの2人、公的留学者付きの侍女の1人、ホーリー・タメルが20歳で、私的留学者付きの侍女の1人、メダリア・ネムが、18歳だと知った。
ミレイユは、今は貴族ではないと言うホーリーと、金物打ちの娘だというメダリアに挟まれて、委縮はしていたようだが、やさしい姉さんたちだと認識したようだった。
ちなみに、ケイマストラ王国では、あまり力を持たない貴族の娘は、結婚して新たな家を持たない限り、自力で貴族位を得ることは難しいので、二女以下だと、父親の隠居、死去に伴い、貴族位を失うことになる。
二女まではまだ、貴族位を失っても、良家の嫁に望まれて、貴族位に戻ることもあるが、ホーリーのように三女以下になると、年頃になるまでに、貴族位にあった父の記憶も繋がりも薄れてくるので、早めに見切りを付けて、侍女として身を立てるようになる。
父が存命でない場合、記憶は薄れても、記録は残っているので、元貴族の娘として、自らで築いた人脈や仕事振りにより、良家に嫁ぎ、貴族位に戻ることもある。
ただ、子を産むことを見据えた適齢期という縛りはあるので、最も多いのは、仕えている女主の取り持ちによる縁談だ。
そういう事情もあって、早くから行儀見習いと称して、有力貴族の元に侍女として入る、力の無い貴族家の令嬢は多い。
婚姻は低年齢化してしまうが、貴族の父が在るうちに、貴族令嬢として嫁ぐことができる。
二女以下に関しては、貴族位に在ることと、元貴族という状況であることに、それほど違いは無いのだが、早くに安心したい親心の表れ、ということで、皆、納得を示し、10代のうちに嫁ぐ令嬢は多いと言える。
実際のところ、元貴族、となってしまった途端、態度が変わる嫁ぎ先という実情は、少なくない。
慣例に縛られる王族と公家の貴族を除けば、位階の違う国民同士で、婚姻関係を成すこと自体は自由なのだが、やはり、貴族の親が生きている、ということは、嫁ぎ先にとって、それなりに、利得、また、使い道があるものなのだ。
とにかく、様々な事情と都合が重なって、父を亡くし、母は居るものの、彼女は現在、兄夫妻の家族としての貴族位にあるので、ホーリー自身は、そちらに加わることはできない。
もし、その家に入るとしたら、実際の環境がどうであれ、ホーリーは、ただ貴族位に在る兄と血を分けただけの貴族ではない女、ということになるのだ。
これは、兄家族にとって、非常に世間体の悪い事態となる。
これが本で、真偽の判らぬ醜聞が多いためだ。
今年20歳になったばかりのホーリーは、これまでに良い話は、いくらかあったのだが、身を寄せる公家の令嬢、エシェル・カッシーリョの侍女として、嫁ぎ先まで付いていく心積もりでいるため、断り続けて今に至る。
一方、メダリアの実家の金物打ちと言うのは、金物を打つことで形を整える、という作業を行う職人の家系だ。
王都フランシアには、いくらか在る職人の家で、新たな金属加工と言うよりも、金属加工の仕上げか、形の曲がった金属の修繕が主となる職業だ。
家の手伝いを少しばかり行うような娘なら、読み書きと数と計算ぐらいは、親や兄、姉に教えてもらえる。
それだけでは、充分な教育とは言えないが、良くしてくれる貴族に雇ってもらい、小間使いとなることは難しくないし、頑張れば、もう少し学ぶ機会を得て、侍女として身を立てることもできる。
さて、そのような国柄に在る準貴族の娘ミレイユの立場はと言うと、第2王女専属侍女なのだから、この先、主幹侍女ともなるのなら、侍女としては、かなり高い職位だ。
国で上から3番めの侍女が取り仕切る職場で働けば、それだけ誇り高くもなろうというもの。
そのはずなのだが、生まれ持った性質から、謙り方が過剰で、いくらか、周囲の侍女仲間から疎まれていた。
ただ、先週から重ねられた、交流も目的とする会合で、仕事上連携が必要なことと、異国の人、という括りもあってか、アルシュファイド王国の官吏である馭者や荷持ちの男たちとは、父や兄に対する感覚で、少しは親しめており、それがまた、心を強くしてくれたのか、今では、話す相手の顔を見る時間が長い。
彼女の歩みは遅くとも、周囲を拒否していないし、無いものとして無反応を示すということもない。
担当ではなくとも、警護を行うハーニャとしては、気の使い方は、孤児の少女たちと変わらない。
それはそうと、ホーリーとメダリアは、ほかに気楽に話せるだろう私的留学者付きの侍女3人とミレイユが親しめるよう、次の休憩の後、後ろの高床の区画に集まらないかと話していた。
今回の旅の同伴者である侍女としては、ミレイユは特に年齢が低いのだが、次の年代が18歳前後で、私的留学者付きの侍女ばかりだ。
公的留学者付きという立場上、私的留学者付きの侍女とは、行動が重ならない場合が多く考えられるので、若い年代の私的留学者付きの侍女たちを絡めることで、公的留学者付き侍女であるホーリーと、一先ず話しやすくなってもらおう、という作戦だ。
提案者は、先ほどのガリィで、今は、始めに腰掛けた椅子に身を預けつつ、侍女たちと会話を楽しんでいる。
彼女の年齢は、ハーニャと、それほどには変わらないと思う。
相棒のワティナがいなくとも、単独で旅団の纏めの押さえるべき点を押さえに掛かっているようだ。
預けられた仕事内容が違うという事を差し引いても、ただ、武術の勝ち抜き戦の上位者だったというだけでなく、騎士として、どこか認めてしまうのは、心の強さであるような気がする。
自分にはまだ、持てない。
国を離れた、この異国の地で、守ることを任された少女たち。
最初に配属された街路警邏隊でも同じなのだが、ただ身体を、事故や害意ある者から守るだけというのは、警邏隊の職務ではあっても、騎士の行いではない。
ハーニャは、そこまで思ったとき、姿勢を正した。
そうだ、立場の違いなど、騎士にとっては、それほどに重い事柄ではない。
大事なのは、騎士として、自分が何を誓ったか。
ハーニャは、初心に帰って、口元に笑みを浮かべた。
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