留学者一行の旅路Ⅲ クラール共和国滞在記

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       ―旅の景色Ⅹ 6日目、実食、セイン領から畑の実り―    ハシアは、後ろに、セイブの声を聞きながら、ヨクサーナと、私的留学者のシシィ、リーベル、キャニイの3人と、ひと(まと)まりになって、(いち)に並ぶ品物を見て回った。 前の方には、私的留学者の少年3人が居て、周囲の環境を見ながら、それとなく後ろのハシアたちの(くみ)にも、目を配ってくれているようだ。 こちらの(いち)で多いのは、食料で、大きめの(さや)に、厚みが無く、小さな豆が入ったビーレンディーと言う食物が、このセイン領の特産品らしかった。 あとは、多く見られるのは、主食としてのプノムで、ちょこちょこ売られている、そのほかの野菜は、各農家で、なんとなく育てている植物らしい。 同じようにビーレンディーとプノムを並べている店でも、そのほかの野菜の種類と量に違いがあるようだ。 「食べてみたいわ…!」 「そうですねえ…。まあ、買って焼くだけとかなら、できなくもないですが、今日、ここでは、できません。昼食は、リタ領に入る予定なのですよね…」 考えながら答える機警隊のワティナに、ハシアは目を上げる。 「え?なんでリタ領?」 「多人数の昼食の支度ですからね。リタ領内の道は、チタ国との輸出入を支える重要な道でもあります。そのため、大きな隊商向けの食事提供に対応できる施設が、あるのですよ。ん!そうですね、どの道、用意は、弁当でしたから、野外焼きの区画を借りて、少量だけ、試食してみましょうか!」 思い付いて、ワティナは、しかし、味付けが弱いなと考える。 「いいの!?」 「そうですね…、!」 答えて、ワティナは、瞳を輝かせる。 「ええ、では、そのようにしてみましょう!旅ならではの食事ということで、そのような経験も、してみた方がいいですからね!少量だけ、買っていきましょう!店の者に、網焼きにして、塩を振るだけだと言ってください。適当な野菜を教えてくれるでしょう」 その()り取りすら、彼らにとっては、学びなのだ。 それからは、食べたいと思うようなものを求め、身なりの良い彼らだからだろう、店の者は、親切に応対してくれた。 最後には、それなりの量になってしまったが、護衛たちは、ほとんどが食べ盛りからの男たちだし、食べ切るのに、無理とは言わないだろう。 あとは、多少は、皮を()いたり、切ったり、あくを抜くなどの工程もあるが、何しろ、調理法が焼くだけなので、厚みにさえ気を付ければいい。 「では、向かいましょう!馬車は、あちらです!」 (いち)の外れに来ていた馬車に乗り込み、別行動だった者たちとも合流して、出発。 リタ領の北の領門から入ると、森の道を抜けて、目的の休憩所に入った。 先行していたアルシュファイド王国の者たちが借りていた場所に馬と馬車を停めると、馬の世話をする者と、客車と荷物の番をする者と、食事の支度をする者とに分かれ、留学者たちは、食事の支度に加わった。 冷た過ぎる水に少し熱を加えて、野菜を洗うのに使ったり、刃物を使うよりは、(さや)(すじ)を取るなど、これまで、したこともないような作業に、おっかなびっくり取り組む様子は、どことなく(なご)む。 護衛たちは、いくらか、心配の方が大きいようだが、こんなことでもなければ、互いに親しむということも少ないので、網焼きが始まる頃には、どこか、よい顔で自分たちの(しゅ)を見ていた。 客車などの装備で載せていた机や椅子を組み立てて、足りない食事台を整えると、野外料理用の器に、焼き立ての野菜を並べて、留学者たちは、興味津々で、それらを口に運ぶ。 緑色の野菜は、清々しさを運ぶ香りと言えば聞こえはいいが、刈ったばかりの青草を知るようで、まあ、程度の差はあれ、青臭さが感じられる。 ほかにも、苦みを感じたり、辛みもあるし、ねばねばとした粘着を示す糸が見られたり、どうしても好きになれないような味もある。 それでも、よく味わって食べることで、砂糖での後付けの甘さなどではない、植物の甘みというもの、硬さや軟らかさ、噛み締めたり、口に入れたときの感触、振り掛けられた塩との味の均衡など、好ましく思える、おいしいと、思える食材を見付けることもできた。 「面白い…!」 シリルたち年少者だけでなく、年長者、既に20歳を超えている者たちも、このような味わい方はしたことがないので、自分自身の感動を持って、目下(めした)の留学者たちと共感できた。 これまでになく親しみを持った一同は、ある程度、焼き野菜の試食が進むと、弁当を開けて腹を満たす。 周囲を木々に囲まれた、空の下での食事は、城や屋敷の庭での食事と違って、胸の奥が、くすぐったい。 「そうだ!なあ、お前らさ!こういうのも、会合のひとつに加えたらいいんじゃねえ!?安全管理は難しいから、内輪だけでさ!アルシュファイドに行ったら、野外焼きの手法とか、味付けとか、見せてやるよ!できるだろ、カヌイ!」 アルが、近くに()たカヌイに声を掛ければ、少し困ったようにだが、笑って頷いた。 「まあ、確かに、安全管理とかね…でも、ええ、こうした会合は、楽しいですから」 「それさ!ほら、セッカって、知らないか…!ファルとラフィの母親なんだけどさ!すげえ、野外料理うまいから!一度、頼んで食べさせてもらうといいぞ!あれは、騎士とか、料理師の作るのとは違うぞ!ううーん!思い出したら、食いたくなってきた!」 食いしん坊のアルには、がっつり気持ちを掴まれる料理で、思い出すだけで、今、手にしている塩味だけの料理が、それらの延長のように感じられる。 「帰ったら、食べさせてもらおうっと!なんか、理由付けがいるなあ…!どうしようかなあ…!」 夢見るように言うアルを見て、ハシアは、なんだか、置いて行かれた気分で、しゅん、と落ち込んだ。 自分も行きたいと、言うのは、あまりにも図々しい。 「匂いとか気になるかもだから、ああ、あと、動き難いと困るからさ!服とかも、それ用に揃えるといいんじゃねえ!?貴族たちの、こういう文化が、ほかの多くの庶民に影響を与えると思うからさ!そういう考え方も、していいと思うぞ!」 突飛(とっぴ)とも思える提案に繋がって、リーヴは、思わず息を止めた。 だが、確かに、こんなこと、今、着ているような、いくらかは動きやすい(よそお)いでなければ、特に()(じょ)は、下衣(かい)(すそ)などが気になって仕方がない。 カタリナも、少し遅れて、それらが、国を支える庶民の仕事に直結することに気付いた。 「そうですね…!先ほどのように、料理の工程を眺めるだけでも、楽しいです…!あ、でも、人にもよりますね…。でも、色々、考えてみたいです!」 「おし!ミナとか…あ、だめか。ん!戻ったら、一度、セッカに相談してみようっと!あれ、これ!交流に使えんな!ボル、お前、覚えとけ!」 「あっ!はい!」 「できれば、その、相談、ですか。同席したいのですけれど…!」 カタリナの言葉に、アルが気軽に了承を返し、シリルも、ウォルトすら、これに乗るので、ハシアは、身を乗り出した。 「わっ!私も!いっ、行きたい!」 「おー、いいぞ。けっこう、(まと)まった数になるなあ…!ボル、そこんとこ、事前に相談しといて。あ、向こうのセスとラルフにさせた方がいいかもな!早い方がさ!」 「承知しました!」 丸投げ相手を見付けたので、ボルは嬉々として返事をし、同じ従者のホディは、あっ、と思ったが、明確な感情にならないうちに、見聞きしなかったことにした。 遠いアルシュファイド王国の地で、従者仲間の2人の少年騎士が、背筋に這う寒気に、揃って身震いしてるだろうかと、頭に(えが)き出しながら…。
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