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―旅の景色ⅩⅠ 7日目、参加、コッポンベルン領の彩環市(さいかんいち)Ⅰ―
クラール共和国入国から4日目、週の終わりとなる円の日の今日、留学者たちは、南に隣接するコッポンベルン領の中心地に入った。
徒歩で入れば、面倒が少ないということで、首都ベッツの南通り市から、歩いて供用路を渡り、開かれた領門を潜った。
審査は、公使レステルが話を付けてくれており、団体として、人数の多さには、周囲の注目を集めてしまったが、簡単な目視で通行証を確認されるだけで通れた。
領門を入るとすぐ、広場となっており、その中央だけ、綱を張って南北に通り道を保っている。
並べられた杭に取り付けられた綱は、大体、大人の足の付け根あたりの高さまでに3本ずつあり、中央部分だけ途切れて、その向こうにある広場の東西に人々を通すらしい。
今日は、円(えん)の彩環市(さいかんいち)と呼ばれるもので、各店で商品を買うと渡してもらえる乾燥豆を集めて、シュトーウフェルという豆の、中身が見えるぐらい透き通った緑色の、円環の莢に入れる。
その、莢を通して、どれだけ見栄え良く、円環を作れるかを楽しめる市だ。
ただの見た目だけで楽しんでもいいが、シュトーウフェルの乾燥豆の中に、一粒だけ、地元の豆を入れて、家族になりたい人に渡し、私の帰る家は、たくさんある家の中でも、あなたの居場所だけ、と、求婚の意思を伝えることもある。
毎週のことなので、これを目的に来る、若いミルフロト国民とクラール国民もいるのだ。
そして、求婚を受けてもらえると、広場でシュトーウフェルの花を受け取り、2枚合わせの花弁を割って、2人の胸に飾る。
貝のように虹色に光る色彩の繋ぎ目が合うものは、ひとつしかないので、これを示すと、コッポンベルン領内の宿泊施設と飲食店で、祝いの、ちょっとした特典を提供してもらえる。
飲み物を杯で、2人に、それぞれ1杯ずつとか、その程度をだ。
「私たちには、地元の豆なんて、無いものね…」
カタリナが呟くと、公使ペイドルトが笑って言った。
「異国の者の場合は、莢に入るものなら、なんでもいいんですよ。彩石とか、宝石とかね。まあ、お相手が居ないのなら、どの店でどんな豆をくれるのか、品物を買って確かめるといいですよ。求婚用の豆は、事前に用意してもいいですが、シュトーウフェルの莢だけは、加工しないと、きれいな色で透明には、なりませんからね、加工済みのものを、どこかの店で商品を買うことで、豆の代わりに受け取らないといけません。一先ず、その莢を手に入れてみませんか」
そういうことで、何を買うかと話し合う。
「んー、まあ、持ち物とか、旅の途中だから、旅装とか?揃えるんなら、いくつかの店に入る理由付けはできるけど、な…。あんま、使いもしないもん、買うのはなあ…」
呟くアルの横で、マーゴが、思い付いて言った。
「土産の品はどうでしょうか!あるか分かりませんが…。このような催しに参加するために買ったのだということなら、相手も気兼ねしませんし、そこまで高価なものを見繕う必要が、ありません。あちらに着くまで1週間…ですから、焼き菓子も、避けた方がいいですね…」
それは、いい案だと、アルが勢い付く。
「おっ!じゃあ、それで探してみようぜ!そういう観点から品物を見るのも良さそうだ!カタリナ、どうよ。お前らも」
「えっ!」
カタリナは、突然の提案内容に驚いたが、ハシアは、できることがある、ということで、飛び付いてしまう。
「やる!やりたい!」
シリルは、ちょっと考える。
「うーん…。難しそう…」
セイブも、難しいことを考える顔だ。
「誰に対する土産だ?」
「まさか双王陛下には…」
グウェインも、リーヴも、考える表情だ。
「それは、品物を一通り見てから、考えようぜ!品物によって、それを渡す場面も変わるだろ。不特定多数の、これから世話になるアルシュファイドの者向け、ていうことなら、歓迎の晩餐の席で、山積みにするとかさ!そういうのも面白そうだ!」
「や、山積み??」
「とにかく、行って見てみようぜ!6組に分かれてさ!連絡取り合って、良さそうな品を示し合わせて決めるんだよ!そら、分かれな!」
そういうことで、王族6人それぞれに付くことで、組分けを行い、一行は6方向に散った。
ハシアは最初、手近な店に飛び込んだが、それは鍋などを売る金物屋で、どうも土産には向かない、と、入った瞬間に思った。
「何か、お探しですか?」
突然に入った大勢の客に目を丸くした店の女は、それでも、取り敢えずと、先頭のハシアに声を掛けた。
「え、ええと…」
「ここに、この領の特産と言える品があるかしら?」
横から、マーゴが声を掛け、店の女は、再度、目を大きくする。
「ええ、と、その、特産ですか…?」
鍋で特産とは、聞いたことがない。
そう思っていると、マーゴが、思い付くことで、説明した。
「ええ。例えば、ここは調理に使うような金物屋のようだから、そうね、食具に特徴があるとか、そのくらいの小物がいいのだけれど」
「と、特徴…?」
ますます戸惑う女主だったが、マーゴは、この程度では諦めない。
「ええ。例えば、持ち手だけを木製にしているとか、それなら、木の部分は傷みやすいかもしれないけれど、金属よりは軽そうだし、形もいくらか、持ちやすいようにできそうに思うの。そういう工夫があるなら、見てみたいのよ」
確かに、そのような工夫はあるが、それは、この土地の特産品ではなかった。
「え、ええと、そ、そういうのは、な、ない…、ですかね…」
そこで、マーゴは、話の切れ目だと、思い切った。
「そう。残念だわ。そう言えば、シュトーウフェルの莢は、こちらでも、いただけるのかしら」
「え?ええ、その、一応、用意は…」
「そう。ありがとう。悪いけれど、条件に合う品が無いようなので、これで失礼するわね。またの機会があるように。では、よい一日を」
「は、はあ…」
最後まで戸惑う遣り取りだったが、ただの冷やかしで入ってきたのではないのだと、それだけは分かったので、女主は、ちょっと変わった客たちを見送ることにした。
「行きましょう」
促されて、ハシアは、せっかく入った店だったけれど、すぐに出ることになった。
外に出ると、戸惑う留学者たちに、マーゴは言った。
「正式な手土産というのは、陛下から双王陛下へ、既に用意されています。ここでは、親交の手始めに、話題になるものが良いと思うのですよ。全部同じでなくても構いませんが、手に持てる程度で、このコッポンベルン領か、滞在中のクラール国か、ミルフロト国の特徴のある品物が良いと思います。そのように絞って、探してみませんか?」
ハシアに付いて来たのは、ヨクサーナ、シシィ、リーベル、キャニイの娘たちと、私的留学者の少年の合計7人だ。
マーゴの言葉を受けて、彼らは、ハシアも含めて8人で、顔を合わせて、次の行動に移る前に話し合う。
アルは、そちらの様子を気に掛けながら近くに居て、きちんとした木造の店や、広場の縁に沿って設置された簡易店舗を覗いていた。
公的留学調整者のハウルを横に、ケイマストラ王国に流れているような品物はあるかと、尋ねながらの移動だ。
「食品でよけりゃ、豆でもいいんだけどさ、乾燥豆。でも、それだと、纏まった数がないとな…いっそのこと、原材料を集めて、アルシュファイドで、菓子にして、晩餐会で提供も悪くねえが、まあ、管理が難しいと困るってな…」
ハウルは、そんな考えに、戸惑うばかりだ。
「ほんとうに、そういうことでいいんですか?」
「ん?何が問題?」
「いや、豆なんて、見る限りでは、それほど高価でもありませんし…」
「まあ、そうだけどよ。食品は加工するものだ。加工されたものに価値を高く付けるんなら、大事なのは、費用よりも、それを手に入れる手段の方。あいつらは、そこまで考えなくてもいいけどよ。お前は、そっちを考えた方がいいと思うぞ。国で、それらを作るという選択もできる。もし、それができることなら、考えなくても、判るだろ。国力の、ひとつとして、加えられるかもしれないってさ」
「…………、」
何か、返すべき言葉がある気がしたが、何も思い付けなかった。
「リーヴと一緒に、一足先に帰るんだからさ。そういう観点も忘れんな。それはそうと、こっちの箸は、そんなに滑らかってわけじゃないんだな。つるつるは、してるけど、ほら、まっすぐじゃない」
木製の箸は、確かに、よく磨いて、表面の手触りは滑らかだが、浅い窪みが全体にあって、表面が平ら、とは、言えない。
「ああ、まあ、きれいとは言い難いですね…」
「それに、2本一組で売らねえのな。うーん。これはこれで、面白い…」
「え、どういうことですか?」
「え?箸は2本で、一組だろ。アルシュファイドでは、その一膳で、形と柄を合わせるから、こんな風に隙間とかなくて、ぴしって、ほとんど三角に見えるのが普通なんだよ。そういや、これまでの宿とかでも、こうだっけ」
「え?え?え?」
「あー、見なきゃ分かんないかもな?向こうに着いたら、見られるよ。覚えとけ。まあ、取っ掛かりが多くて、持ち易い気もするし、コズリなんかは、掴み易いんかなあ…」
これはこれで、好む者は居そうだと、アルは考えて、次を見る。
「おっ!布だぜ。これも悪くはないんだけどよ、染色の種類が多いとかさ、違いが多いといいよな。ちょっと、これ、何で染めてるんだ?」
聞いてみると、この店では、野菜の葉や皮を使うそうだが、コッポンベルン領としては、クラール共和国から仕入れる木の実の皮の煮出し汁で染めるものが主流なのだということだ。
「ミルフロト国の北部で得られる、バラゴーラという糸を仕入れて染めます。とてもやわらかい糸で、仕上がりもやわらかい。切れやすいので、専用の織り機で織るんです。その織り機は、クラール国で作られたものでして、まわりの領では、それで布を作っていますよ。普段使いの布は、また別で、バラゴーラは、きれいに染まるもんで、まあ、金持ちの上着とかで、使われていますかね」
「へえー。確かに、発色がいいな。葉布(はぬの)の大きさだといいが、さすがに、あまり多くはないか」
「ああ、肌ざわりがいいもんで、湯上げ布にも使われているとか。ちょっと高いですけど、もう少し奥の方に、店がありますよ」
「おっ!ありがとな!見に行ってみる!」
そんなことで、アルは、話し合い中のハシアたちに声を掛け、湯上げ布を扱う店を探して、入店した。
一歩入ると、この店の中は、森の中に現れた花畑のように、生きている木が大気に潜ませる芳香に、草の青い瑞々しさと、花の芳しさと、ほんのりとした甘さが漂うような香りに満ちていて、けれども、少し過ごすと、馴染んで、気にならなくなった。
商品を見れば、確かに、庶民には高額な湯上げ布や手拭いが並ぶが、見本品の手触りは申し分なく、全体的に淡い色彩は、目に優しい。
「うん。悪くねえな。上質な贈り物として、王室に対しても納得できるものだ。ああ、あんた、この店の者だよな」
アルは、ずいずいと奥まで進んで、店の者と話し、こちらでも、シュトーウフェルの莢と豆、それから、コッポンベルン領の特産品として、赤小豆に似た食べ方のできるマットウの乾燥豆を選んでから、貰えると聞いた。
「特産の豆って、1種類じゃねえの?」
「少なくとも1種類ですね。畑の広い区画を1種類の豆で占めても、まあ、ほかを育てないということはないです。特産と言えるまで、収穫量があるものは少ないですが、うちは、マットウがシュトーウフェルの次に収穫量がまとまってて、あとはまあ、あんまり、ほかには出回らないようなものですね」
「なるほどなあ…!」
そんなことを聞いていると、私的留学の出資者クランが入ってきて、商品の品質を確かめるようだ。
アルは、ぴんっ、と閃いて、クランに話し掛けた。
「よお、クラン。私的留学者からの親交の手土産として、持たせたらどうよ」
「悪くないですね。反応も見たいし、私からでなく留学者からなら、受け取ってもらえます。例の、莢とかは、いくつぐらい、くれるんですか?」
「聞いてねえ。確かめろよ」
「そうですね」
そんな感じで、話がまとまり、ここでの支払いはクランが持つことになった。
ハシアとヨクサーナの分も含め、この場に居る留学者たち8人は、無事にシュトーウフェルの莢と、豆と、マットウの豆を手に入れた。
本来は、一度の購入に、莢か、どちらかの豆を1種類、2人分まで渡すものだが、購入金額によっては、すべての種類を渡してくれるらしい。
今回は、購入額が大きかったし、催しに参加中の、異国からの訪問者で少年少女が8人だったので、彼らの分だけ、提供してくれたのだ。
シュトーウフェルの莢というのは、手首に嵌められる程度の円環の莢なのだが、一部を切り落として、中の豆を、すべて取り出されており、加工した表面は、つるりとして、軟らかい硝子のようだった。
「きれい…」
「あんまり湿気とか多かったり、手入れが悪いと、傷むんですけどね、最後には、腐ったりとか。でも、ちゃんと風通しのいいとこで置いとけば、変色もしないし、まあ、死ぬまでくらい、保ちますよ」
「そ、そんなに?」
「ええ。最後に、それを握って死ねることが、私らには、幸福の証しみたいなもんで。あこがれっていうのは、ちょっと違いますけど、そうできたらいいなって、思うんですよ」
きらきらしい憧れではなくて、ただただ、穏やかな最期を望む。
娘の頃の甘い思い出と、それを大切に思って、死に臨めること。
ミルフロト王国の庶民にとって、娘たちにとって、両親にとって、青年たちにとって。
思いは少しずつ違うけれど、それでもやはり、幸福の、証し、なのだ。
ハシアには、まだ、知らないことが多くて、ちゃんとは理解できないけれど、もらった婚約の証しを、最後の時まで離さずにいられることは、とても、大事なことなんじゃないかと、思った。
覚えておかなければ、ならないことだと。
「それじゃ、この手土産は、私的留学者から皆さんにということで、世話になる家の人たちと、使用人に使ってもらえるように、屋敷の奥向きで使ってくださいと渡しましょう」
「え、使用人に?」
少年の1人が声を上げる。
フィリップレオ・コモリー、通称、フィオだ。
「そうですよ。アルシュファイドで言う使用人は、主人に従う僕では、ありません。自分に仕事を与えて、生活の保障をしてくれる、雇い主を、ただ主人と呼んでいるだけです。理不尽な仕事を押し付けたり、まともな生活ができないような給金しか払わない、休息を与えないような雇い主は、見限られて当然です。対等の価値を与え合う関係なのですよ。それを自覚するためにも、ちゃんと、彼らの顔を見て、これから長期間、よろしく頼むと、言いなさい」
最後は、私的留学者たちに向けて言い、クランは、アルを見た。
「その辺り、公的留学者の皆さんにも徹底しなければなりません。そちらでも何か、見繕う方が良いのでは」
「そうだな。織る前の染色された糸とか、どうよ」
「強度が弱過ぎますからね、糸の状態では、手編みもできるか判りません。できるにしても、しかし、加工人を選びそうです。このように、端の始末をする前の布と糸なら、加工の、し様もあるとは思いますが」
「そっか。じゃあ、別に考えてみる。ありがとうな」
「とんでもないことです」
そんな遣り取りを、ぼうっと見ていた留学者たちに目を移して、アルは行動を促した。
「ほら、ほら!豆がそんだけじゃ、見栄えしないだろ!話の種を探しに行け!」
少年少女は、弾かれたように身を翻した。
一歩を踏み出すと、なんだか、笑みが零れた。
「次はどこに行きましょうか!」
ヨクサーナが、溌剌とした調子の声を掛けてくる。
こんな声も出せるのだ。
こんな笑顔にもなれるのだ。
ハシアは、嬉しくなって、手を差し出した。
握り締めた手が、握り返してくる。
「今度は、広場の方!」
「はい!皆さんも、行きましょう!」
「はい!」
「ええ!」
位階の壁は取り払えなくても。
一歩を同じように踏み出せる、仲間がいる。
外に出る一同を、明るい陽光が迎えた。
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