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―旅の景色ⅩⅡ 7日目、参加、コッポンベルン領の彩環市Ⅱ―
公的留学者のセイブとラケットは、私的留学者の令嬢ネマとパテア、令息のロウルと、マウカルストたちと共に、東側の広場の簡易店舗を覗いていた。
やはり高価なものをと呟くセイブに、まずは、何がどんな価値であるかを知ってはどうかと、機警隊のトレントが言ったのだ。
そのトレントは、今は、留学者たちの動きを把握するため、広場の一角で待機中で、セイブたちには、同じく機警隊のカヌイが同行していた。
「どうやら、北側の並びが食品が多めで、こちら側は、布やら生活雑貨が多いようですね」
カヌイの言葉の中に、聞き慣れない単語を拾って、セイブは彼を見上げた。
「生活…ざっか?」
「んー…、ああ、雑貨、など、言いませんよね。色々なものという意味の雑に、貨は、品物ということです。硬貨などの貨。生活に使うものは、様々ですからね。調理器具、身拵えの道具、浴室道具、まあ、文具なんかも入っていたりしますし、飾り物とかね、私室にあるもの全般。大きなものもありますが、大体、持ち運べる程度のものを雑貨と呼びます。持ち運べないなら、それは、家具です」
「そういう纏め方があるのか」
「ええ、そうです。今回の手土産には、色々と考えられて、いいですよ。食具なんかでもいいですし。布とかでもいいでしょう。布って、色々使いますからね。被せたり、敷いたり、拭いたりとか?服以外だと…ああ、服飾品も悪くないかもしれませんよ。それはちょっと高いのかな…しかし、葉布(はぬの)程度なら、特に受け取る者たちも気兼ねはしないでしょう。まあ、あまり種類はないと思うんですが…」
「気兼ね?」
王族からの贈り物を受け取って、ただ、ありがたがる、というのは分かるけれど、気兼ねする、など、セイブには、想像できないことだ。
カヌイは、その戸惑いを見て取り、ちょっと笑った。
「ええ。留学者たちが親交の切っ掛けにと渡してくれるものなら、あまりに高価だと、返せるものがありませんからね。軽い挨拶程度で、深々と頭を下げられたら、居心地が悪くありませんか?」
「う、うーん…」
「それか、長々と挨拶が続いたり。時候の挨拶がずらずらと」
「う。それはな…」
「何事も、適度な段階があるものです。ああ、ちょっと遊び心を入れてみてもいいかもしれませんね。彩環市に、ちなんで、うーん、と…男女で組になるような、そんな遊びですよ。彩石の交換…彩石の代わりに何か、石とか、何か、ないかな。ん。おや、これは…」
カヌイは、ふと目に付いた、腕輪を取り上げて見た。
「なんだか、これは…すまない、店主、これは、シュトーウフェルの円環か?」
店主の男は、奥から出てきて言った。
「え?いいや。ああ、シュトーウフェルの莢を切ったやつだよ。豆を取り出したり入れたりするために、円環を少し切るから、それを集めて、腕輪にしたのさ。中に豆を入れても固定はできないが、まあ、加工したあとに切るから、きれいだろ。それなりに、人気はあるぞ」
そう言って、提供用のシュトーウフェルの莢を見せてくれた。
「これさ、この切った部分が、こっち」
売り物は、切れ端を紐に通したもので作られていて、紐の色合いが、莢の、光沢ある、透過する薄い緑色を通して見られるので、確かに、これはこれで、見栄えのする商品だ。
「紐の方は?」
「それは、ラディーシェの葉で染めたものだな。ふしぎと、実の赤色に染まる。染色した糸を織ったあと、はしの処理で不ぞろいに切られた糸を集めて、より直したものを、シュトーウフェルの煮汁につけると、肌ざわりはよくないんだが、ほれ、こんなふうに、固い、まくが張って、ちぎれなくなる」
こちらの店では、紐だけでも売っていて、差し出された、その色は、多種類あり、多くは木の実の殻を煮出して染めたものだそうだ。
鮮やかに染まるものは少ないが、やわらかな風合いは、コッポンベルン領民に親しまれ、好む来訪者も多いということだ。
シュトーウフェルの煮汁の膜が張ると、確かに手触りはよくないが、光沢が加わって、うつくしい仕上がりと言えた。
「確かに、直接肌に触れるのは避けたいですが、髪を束ねるのには良さそうですね。紐ですから、何かに使えそう…」
ネマが、考えながら、紐を手にとって、明るい陽光に翳す。
パテアが横から覗き込んで、どれどれと、ネマの真似をした。
「そうですね…少々、荒いですが、それこそ、話の種には、ぴったりではありませんか?何より、シュトーウフェルの莢の実物を手に取っていただけるのですもの」
そう言って、パテアは、店主を振り返った。
「シュトーウフェルの切れ端は、手に入るものでしょうか?」
「うん、まあ、一片10ディナリで、ここでも売るよ。そら、それだ」
示された現物は、小さめの椀に山盛りにされていて、まあ、20個はあるだろうか。
「もしかして、自分たちで紐を選んで、作るのですか?」
「そうだよ。娘たちは、そっちの娘さんが言ったように、髪飾りにしている。紐に、ふたつ通して、両端に結び玉を作れば、ただの紐じゃない飾りに見えるからね。…まあ、あんたがたには、貧相に見えるか」
改めて、相手の身なりに目を遣った店主が言うのに、パテアが身を乗り出して声を重ねた。
「そんなことは、ありませんわ!紐の両端に重りがあれば、動く度に揺れる様が、かわいらしいのです!そういう、細やかな工夫が、女性の嗜みというものなんです!」
力説に気圧されて、店主ならずとも、男たちは、女たちの拘りを軽視すまいと、心に留めた。
ネマは、紐を通した莢の切れ端を、いじっていたが、不意に思い付いて顔を上げた。
「これはいいかもしれません!紐を通した隙間に、色のよい鉱石など入れて、結び玉を作れば、ずれにくくなります!見本に、いくつか作って、このようにしてはどうかと…」
ネマは、急に勢いをなくして、下から窺うように、そっと皆を見た。
常には、確りとした意思を持って立つ貴女然としているだけに、迷い子のような不安な様子は、庇護欲をくすぐり、ときめきを抱かせる。
そんな彼女に、婚約者ロウルを筆頭に、パテアまでもが、胸を高鳴らせた。
「あ、その、受け入れてもらえないでしょうか…」
惚けている人々を横目に、カヌイが、素早く答えを返した。
人の不安を察知し、対応することには、特に心掛けているための早さだった。
「とんでもない!自分の好きに作れるのですから、そういった髪飾りは、アルシュファイドでは、一般的です。ただの紐ですから、男性でも、ちょっとした箇所に使えますからね!男女で揃いにするなど、いえ、友人同士で揃いにするのも、いいですよ。店主、こういった売り方は、ほかの店でもやっているか?」
「えっ?え、ああ、そりゃ、余りもん同士で置いてる布屋なんかは、多いと思うけど…」
「布屋か!ありがとう!どうです、皆さん。茶会の時に、同世代の者たちと、組み合わせを考えて手作業しながら、話をする機会としては!買い占めない程度に買っていけば、本来の目的も達成できそうです!」
「それはいいと思う!」
真っ先に、ロウルが賛同して、パテアが続き、少年たちは、顔を見合わせて、まあ、いいんじゃないかと、頷いた。
そういうわけで、カヌイは、ほかの組に、この提案を伝えて了承を得ると、早速、この店で、シュトーウフェルの莢の切れ端と、それに通す紐を、買い占めない程度に、いくつか求めた。
「鉱石については、ほかのもので代用できるかもしれませんし、先に、買えるだけ、これらを買ってみましょう。ちなみに、店主。この莢に入る程度のものは、売り物にあるか?」
「え?うーん、豆ぐらいしか…」
「そうか。どうも世話になったな。よい一日を!」
挨拶を残して店を出ると、グウェインたちの組と、リーヴたちの組と合流することになった。
そこで改めて、現物を見せると、アルシュファイド王国に到着したあと、若い者たちで集う会合を開いて、交流の一助とすることに、話がまとまった。
「それでは、大まかな人数を、後ほど、お知らせします。余るくらいでも、何がしかに使いますので、買い占めないことだけ、気を付けて、お求めになっていてください。あまりに少なくても、代用になるものは、ありますから、参加者全員に行き渡らせなくても大丈夫です」
そのように心得て、カタリナとシリルとハシアの組に現物を見せるべく、数人が、そちらへ向かい、いくらか顔触れを変えて、再び分かれた。
ネマとパテアは、ファムとテリーゼと合流して、ほかの男子留学者などに付いてきてもらい、布屋を探す。
その中で、木の実の殻を使った紙や、小枝を集めて作られた生活雑貨を見付けるなど、異国の品物を見て、触れて、知っていった。
「素材は違いますが、用途が重なるものは、多いですね。こちらの籠でしたら、茶会の菓子入れに、ちょうどよいですし、こちらの鍋敷きは、机や鍋の接着面を削って平らに揃えていますから、陶磁器の急須を置いても、傷が付くことや、ぐらつきを心配しなくても良さそうです」
機警隊補佐隊のレノンが、そのような説明を聞かせる。
利用される素材自体は、荒削りだけれど、そこに、自分たち貴族の生活との、共通項を見付けて、それら用途の理解をして、多くのことを知っていく。
まだ、到着してもいない、旅の途中だけれど、留学者たちは、少しずつ学んでいっていた。
意識している、していないに、関わらず。
知らなかったこと、理解し切れていなかったことを、改めて記憶に刻んで。
目的地へと、思いを馳せる。
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