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―旅の景色ⅩⅣ 8日目、見物、首都ベッツⅡ―
グレイフェイシアが案内したのは、同じ棟の3階で、昇降機を使うことになったので、一部護衛は、すぐ横の階段を使った。
「体力作りのために、階段を使うこともあるのですが、今日はこちらを。ああ、着きました」
同じ昇降の箱に乗っていたザカリエと、アバルと呼ばれたミルフロト王国の護衛が先に出て、軍人らしい早足で進み、少し先の部屋に入った。
「異能の制御不能が起こったときのために、多人数で利用する区画から、2階の1階層を隔てたのだそうです。それで、修練室が3階になっています。もし、新たに建物を建てるのであれば、地階を基礎修練場にして、1階から上を共用区画にするなど、建物の造りも考えると、とても楽しいんです…!遊びではないのですけれど」
ふふ、と笑って言うグレイフェイシアは、言う通り、楽しそうだ。
いずれ降嫁するとき、この役割を継続するのだろうかと、考えたとき、近い場所にあった部屋に入った。
こちらは、扉の無い出入り口で、入る前から、結界の存在を視認させた。
中に入ると、人声が遮断されていたことが判り、騒々しくはないが、あちらこちらで、律動を取るような掛け声が上がっているようだ。
部屋の中には、先に、ちらりと聞いたように、床と素材が変わらないような見た目の机と椅子が飛び出していて、腰を置く座面には、柔らかそうな敷物が敷かれている。
「少し、実際に、行ってみましょうか。そちらに…ああ、どうせなら、取りに行きましょう、こちらです」
グレイフェイシアは、迷いなく歩いて、所定の壁を開くと、中から籠を取り出し、また別の壁まで行くと、中に満たされた彩石を、小型の円匙で掬って籠に入れた。
「お2人とも、土ですよね。そうだわ。ミネット、そちらの、お2人に、やり方を教えて差し上げなさい。ええと、土…は、持っていらっしゃるわね。いいわ、土で、ね」
「はい!」
元気な声に、アルは、ちょっと笑いを誘われる。
「お。ミネット。教えられるのか」
アルに声を掛けられて、ミネットは、少し驚くようだが、負けん気が勝ったようだ。
「教えられる!」
「おっ!んじゃ、見せてくれ。まずは、籠だな」
グレイフェイシアは、アルと視線を交わすと、微笑んで、ちょっと頷いた。
そちらはアルに任せるようで、適当に空いた席を選び、リーヴとグウェインに、向かい合う席を勧める。
隣には、ラルが座って、指導の手伝いだ。
一方で、ミネットは、アルに手伝ってもらいながら準備をし、戸惑うハウルとネイルを連れて、姉たちの近くの席に誘導され、落ち着く。
「まずは、こうやって、ならべるんだ!とうかんかく…で、これぐらい!」
一部、完全には理解しないまま覚えた言葉を発するミネットだ。
ハウルとネイルは、小さな王族を、どう扱えばよいのか分からなかったが、取り敢えず、言われたように、サイジャクと見分けた、力量の小さな石に触れて、自分の異能を発することで使用し、順に消していった。
「いいぞ!どんどんやるんだ!」
真剣な表情で、じっと監視するミネットに、これで良いのだとは理解しつつも、だからなんだと思う2人だ。
アルが、ちょっと笑って、助け船を出す。
「ミネット、ちゃんと、律動に合わせないとだろ」
「はっ!そっ!そうかっ!え、ええと…」
「実際に、やって見せたら?お前は、どうやるんだ?」
「え、ええと、えっと、こうやるんだ!」
ミネットは、等間隔で並べたサイジャクを、端から順に、とん、とん、とん、とんと、短いが、指を上げ下げする一定の時間を同じくして、消していった。
「こ、こんな…」
説明の言葉が浮かばなくて、上目遣いでハウルとネイルを見る。
2人は、アルの言った言葉と、目の前でミネットが行ったことから理解して、戸惑いながら、ただ消していただけのサイジャクを、一定の時間で消そうと試みた。
ところが、一定時間の間隔での消去と意識し始めた途端に、指の接触の前に、サイジャクが消えてしまい、異変に気付いた。
「あ、あれ?」
目に見えて慌てる2人に、ミネットは、嬉しそうに笑う。
自分が驚かせてやったみたいで、企みが成功したような気持ちだ。
「ちゃんと、せいぎょできてないからだぞ!やりなおし!」
「はっ!はいっ!」
偉そうな態度のミネットを、ちょっと笑って見ながら、アルは、さすがに王族だなと感心する。
子供は子供でも、覚えるべきことを着実に身に付けているのは、そうしなければならない、自分の立場を、なんとなくでも感じ取って、努めているからなのだろう。
特別に賢くなくても、両親や姉を見て、王族としての自分を作りつつあるのだ。
それは、幾何かの切なさを、アルの胸に与えた。
こんなことで気に病むなど、年を取った証拠だ。
ちょっとだけ自嘲して、アルは、ちょこちょこと、ミネットの指導を助けてやった。
そのうちに、カタリナとハシアが顔を出して、何をしているのかと、覗き込んできた。
「おっ!来たか!」
「ええ。何をしているの?」
「その子は?」
「ミネット、自己紹介、できるか」
「むっ!できるぞ!私は、ミルフロト王国国王が第二子である、ミネット・レイ・クロリアだ!」
勢いのよい声に驚いて、それから、カタリナは破顔した。
「あら!それはそれは!私は、ケイマストラ王国国王が第四子となります、第1王女のカタリナ・シェリル・メイリスシール・ケイマスと申します。以後、お見知りおきくださいませ」
「私は、第2王女のハシア・ミレイ・マナイアフォーラ・ケイマスよ!覚えられるかしら」
「……はっ!う、うぅ」
少しだけ、ぽかんとしたミネットは、やはり覚えられなかったのだろう、返答に窮してしまった。
「ふふ、では、また、大きくなったらね。私は、隣の国の、第1王女の、カタリナです。これなら、解る?」
「はっ!あ、ああ、姉上と、一緒…?」
「え?ええ。そう言えば、ご挨拶を…」
ハシアは、自分も名乗り直したかったが、そもそもの目的があるので、先ほど気に掛けながらも、無視することになってしまった兄たちを見返った。
そちらでは、カタリナよりも年上らしい、王女が、微笑んでこちらを見ていた。
彼女は、相手が気付いたのを見て、席を立ち、進み出て名乗る。
「初めてお会いしますね。ミルフロト王国国王が第一子となります、グレイフェイシア・メイ・クロリアと申します。そちらの弟は、まだ立太子は済ませていませんの。よろしくご指導くださいませ」
「とんでもないことです、こちらこそ、至らないところが多々ありまして、お恥ずかしいことです。改めまして、ケイマストラ王国国王が第四子、カタリナ・シェリル・メイリスシール・ケイマスと申します。上は、すべて兄ですので、私が第1王女となります」
「わっ!私が、第2王女のハシアです。ハシア・ミレイ・マナイアフォーラ・ケイマスです」
「間に、この子の双子の兄が入るので、今のところ、末の妹です」
「そうなのですか。こちらからは、もう1人、紹介させてください。私の婚約者の、外交騎士です」
「ラナンカイル・ミレディスです。以後、お見知りおき下されば幸いです」
「外交、騎士…」
「外務大臣とは別に、陛下の義理の息子として、私の隣に立ってもらいたいと思っています」
アルが言葉を添えた。
「デイロとか、シェイキンとかの立ち位置だと思ってればいいぞ。まあ、結婚すれば、それより、数段上の位階と思った方がいいけどな、国王は、国外に出難いという事情があるから、婿って身内としてもだが、騎士として、ただの臣下ではない働きを見込まれているんだろう」
「努めます」
ラルは静かに、アルに騎士の礼を示す。
それは、異国の騎士に向けての、矜持の示しだった。
そのあとすぐ、ラルは、王女殿下も、修練をしてみてはと勧めた。
それを受けて、グレイフェイシアが言う。
「ラル、王太子殿下と、グウェイン様を、お願いします。どうぞ、こちらにいらっしゃって。昼まで、基礎修練というものを、してみましょう」
それから、昼まで、修練に取り掛かりながら、向き合う互いの、ひととなりを知っていく。
始めのうちは、戸惑いが大きかったハウルとネイルも、自分たちに近い王子たちの、弟王子と思えば、良さそうだと気付き、徐々に対応に慣れてきた。
やがて、デイロが、食事の用意ができそうだと言いに来る頃には、次に会うときの約束を考えるほどになっていた。
昼食で場所を移動すると、食事は、分けあう形として、大きな器で提供された。
侍従と侍女が、同席して、取り分けを担当し、先に口にする流れだ。
これで完全に安全ということにはならないが、ひとつの手段として、いくらかの安心は得られるだろう。
特に、この受付棟では、要人への食事提供を視野に入れて改築したので、調理場を外から見られるようになっており、多重の安全対策を講じていることで、もしもの事態を予防する働きは大きいはずだ。
護衛たちは、警戒はしているが、見えない部分が減らされていることは、素直に心を強くしてもらえていた。
それはそうと、折角、こうして会えたので、もう少し、共に過ごさないかと、茶の時間まで同行することになった。
「最後になるからさ!観光しようぜ!近いとこ!グレイフェイシア、まだ行ってないとことか、ないか?」
「ええ…、弟が、まだ小さいので、人の多いところは、避けるべきでしょうか…」
「そんなん、つまんねえ…けど、もみくちゃにされんのも、気の毒だ。お。そおーだ!時計店でも見に行くか!クラール国の象徴みたいなもんだからな!」
「でしたら、近くとはいきませんが、東通り市近くの店に、ペイドルトが感心していた工房があります。少しだけでも、市の様子が見られるのも良さそうです。アルシュファイド管理の新設施設もありますし」
「お。んじゃ、それ、行こうぜ!」
そういうことで、一同は、それぞれの馬車に分かれて乗り、砂時計ふたつ、みっつという距離にある東通り市へと向かった。
馬車を降りたのは、アルシュファイド王国主導で新築した建物で、一階部分の一画を停車場としていたため、降りてすぐ、建物内に入ることができた。
一同は、簡単に、店内の様子を確認すると、一旦、東通り市に出て、数軒先の時計店に入った。
そこは、彩石時計店で、動力を彩石とした、針時計が主力商品のようで、奥には、作業を行う職人たちが居た。
「ここは、大抵は普通のサイセキを使っているんですが、流土石を多めで、多種類のサイセキでの駆動を試みている工房からの品揃えです。そこのは、大体、流土石で、ほかは、各工房から卸しています」
普通のサイセキ、と言うのは、土、風、水、火の、力をそのまま、それぞれの配分で有しているもので、そこに、流土石、などの種類の名が付くのなら、土を流動させる、などの特定の働きを行うものになる。
力をそのまま有しているなら、動力としての変換術が必要になり、既に、流動させる、という働きがあるのなら、対象を指定すればよいのだ。
説明をするデイロが、奥の作業場を示し、店主の所へ行って、少し見させてくれと交渉を始めた。
背の低いミネットは、姉に、土の異能で台を作ってもらって、数段、高いところから、硝子で覆われた箱の中を覗き込む。
そこにある商品は、流土石を動力とする品で、今はまだ、動いていない。
「うごいていないぞ!」
声を上げると、彩石だからですよと、赤璋騎士の従者ボルが横から顔を出した。
「彩石は、使えば、なくなってしまいますからね。手巻き式だと、定期的に処置しなければなりませんが、動力がなくなるということはない。この辺りの土地で彩石は貴重ですから、展示のために…ただ見せるためだけに置いているものを動かすのは、店にとって、大きな負担なんですよ」
「ふ…た…ん…」
「あ、ええと、とっても苦しいことになるんです。困ったなあと、いうことに」
「こまるのか…それは、いけないな…」
「ええ。だから、これがいいなと、思ったものを、そのときに、店の者に頼んで、どういう動きか見せてもらうんです」
「いいかな?工房の方を見学させてもらえるので、あちらへどうぞ」
デイロに言われて、ミネットは台を下り、グレイフェイシアは、その台を消すと、あとを追った。
作業場の間を1列になって進んでいくと、奥に見物区画があり、色の無い透明の硝子窓の向こうには、一段高い所にいる職人が、座って作業しているようで、職人本人の顔は、硝子の向こうに垂れ下がった目隠しの幕に隠されて、人物を知ることはできないが、手元を間近に見つめることができる。
ミネットは、しばらく、はあ…と、感心して細かな作業を見ていたが、やがて、手の主が見えないことを訝しく感じたようだった。
「どうして、めかくしをするんだ?」
デイロは、少し笑って、それはまあ、気になりますからねと言った。
「本を読んでいるときに、周りに人が動き回っていたら、煩わしいでしょう?同じことです」
「ああ!なんだ、むこうがわにいるもののためか」
「はい、そうです」
「ふうーん」
そうしてまた、ミネットは、作業する手元を見つめる。
持ち手から細い鑷子の、更に尖った先端で挟み、慎重に組まれる部品の精緻な形は、機能美の粋と言うものだろう。
選りすぐりの美しさだ。
まだ5歳のミネットには、その感動の種類は、きっと違うのだろうけれど、それは確かに、彼の中に生じている。
「それでは、ざっと、作業を眺めてみましょうか。職人には、なるべく話し掛けないようにしてください」
そう注意を受けて、展示売り場との間にある作業区画に戻ると、外に向かいながら、分担作業の様子を眺める。
簡単な作業説明は、上部に作業工程の名を掲示しているので、字面と、作業そのものから、なんとなく理解するものがある。
ミネットには、まだ難しくても、ハシアの年代であれば、実際に近い理解ができるだろう。
間もなく売り場に戻り、改めて、商品それぞれの作りを眺める。
デイロが店の者に頼んで、彩石や形状、装飾の違いなど、説明をさせてくれたので、それぞれ、自分の好みと考え合わせて、購入を考えていた。
ボルは、折角の機会なので、1ミドルから1時間までの時間を計ることができる針時計を求めることにした。
通常は、止まっていて、開始の手順を操作すると、60ミドルだけ刻まれた区切りの上を2本の針が回り始め、砂時計ひとつ分、すなわち5ミドルごとの太い線の区切りと、3、6、9、12の数字で見やすくなった表示によって、経過時間を知るのだ。
数字は、砂時計の数を示すので、6なら、砂時計6個分、すなわち30ミドルで、時間半ばと判断できるという具合。
ちなみに、1時間を計ると、停止の操作をしなくても止まる仕様だ。
仲間たちにも買ってやりたかったが、まだ、これが、どの程度必要になるか分からないので、自分のものだけを購入し、この懐中時計を胸の隠しに仕舞った。
腕時計もあったが、さすがにそちらは、24時間の区切りがいい。
探せば、24時間ミドル刻みの腕時計もありそうだが、現在使用中の腕時計には、それなりに愛着があるし、ミドル刻みの時計は、求める者が少ないこともあり、それなりに高額だ。
腕時計の買い替えより、使い慣れた時計に、懐中時計を加える方が、種類を間違うことが無いし、ほかの者にも一時的な貸与ができる。
従者仲間、騎士仲間のことを考えれば、ボルにとっては、有意義な買い物だ。
彩石の交換は、店の者によれば、アルシュファイド王国でも採用されている形なので、問題ないだろうという話だった。
「おっ、買ったのか」
ちょうど、仕舞うところを見ていたようで、アルが、そう声を掛けた。
「ああ、はい。ミドル時計を」
「砂時計何個分?」
「12個です。1時間。黒檀塔でも貸してくれるけど、ちょっと持ってみようかなと。個人で」
「そっか…」
アルは、ちょっと考えて、それから、無理な金額じゃなかったかと、聞いた。
「え?ええ。このくらいで困るほど、無駄遣いしてませんよ!」
「ふっ!そうか!」
そう言って、アルは、片手でボルの肩を掴み、通り過ぎざま、その手を軽く挙げて、出るぞと言った。
ケイマストラ王国滞在中、アルが、5ミドルを区切って、指示を出したことが、1度だけあった。
その時のことが切っ掛けだと、察したのかもしれないと、ボルは気付いた。
余計なこととも、自分が負担するとも言わない。
肩を掴んだのは、たぶん、礼に近い、預けられた思いがあるのだ。
「はい!」
元気に返事して、ボルはアルの後を追った。
自分の従うべき、彩石騎士…。
たった1人の、赤璋騎士を。
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