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―旅の景色Ⅰ 男子留学者―
コウウォルト・ダズマは、現在13歳、シリルと同じ年の生まれだ。
王城に学習のために通う常日頃から、シリルの聡明さに委縮する日々ではあったが、ここ数日、留学準備で接する時間が増えてからは、自分と変わらない態度などを幾度となく見て、ああ、普段から完璧な王子ではなく、自分より賢いだけの、1人の、人、なんだと、思い始めていた。
それはそれとして、そろそろ10時の休憩時間、馬車を降りる頃合いだ。
乗車の時には、先行する貴人用馬車と遣り取りして、車内の顔触れを、今夜の宿泊地ゼノンで、共に歩く顔触れ同士に替えることにした。
「セレネたちとミュリエスたちは2人ずつでいいだろ。目付役が引っ付いてていい年齢じゃないからな。同じ姿勢でいるのは、不調を招くから、少しでもいい、宿に居ないで、全員、外を歩け。警護の者たちは、車と馬については、整備や世話の必要はないから、預け場所の位置だけ確認したら、あとは、それぞれの役割の準備と、休息を取ってくれ」
そのような話で、外交官…公的留学外務官としてアルシュファイド王国に駐在予定のマウリシオ・ベレヌゼフと、その妻セレネシティナ・ベレヌゼフ、通称セレネと、私的留学外務官として同じく駐在予定のメリシール・キュリシオと、その妻ミュリエス・キュリシオは、4人組で、宿町の辺りを散策、護衛は、1人ずつを近くに寄せて、2人ずつは距離を空けること、これに合わせて、2人のケイマストラ国の警護が動く、という形だ。
基本姿勢として、護衛の任は、ケイマストラ王国側で務めてもらい、アルシュファイド王国としては、いくらか、警護の仕方に、同行者として目立たないように、など、注文を付けている。
外務官夫妻に関しては、騎士服で構わないが、留学者の警護では、一部、騎士服着用をやめてくれるよう、予め求めてある。
「目立つっていうのもあるけど、一番は、印象が悪いってこと。護衛の立場をあからさまにすることで、相手は威圧を受けるもんだ。萎縮するにせよ反発するにせよ、いやな印象を与えることは間違いない。媚び諂えと言ってんじゃねえ。他者に対して、横暴な振る舞いをするな。丁寧ぐらいでちょうどいいんだ」
それが、旅団の安全性を高めるのだと、アルはそのように、警護の方針を定めたのだった。
話を戻して、町歩きの顔触れだが、留学者の娘たちは、年代別に分かれて行動することにした。
3手に分かれるので、そこに、男の留学者や、そのほかの成人した同伴者と、あとは護衛含めた侍者が付く。
同伴者の1人である、大陸西側に在る国、ボルファルカルトル国の主権を持たない王家の第2王子、ジョージイ・ナパムは、少年たちと行動したいと宣言して、年少組の2人、シリルとコウウォルトと同行することになった。
ケイマストラ王国の北隣国のひとつ、ヴァッサリカ公国の代表家ともなる公家当主の息子、公子ベルリン・バーグも、ジョージイと離れるものかと、付いていく。
一旦は、客車を降りた全員は、話し合って、主に女子留学者と男子留学者で分かれることにし、残りの人数を、留学者以外の顔触れで調整するよう、乗車した。
再び動き出す車中では、シリルとコウウォルトの組が、ジョージイの先導で、後部に設えられた高床区画を占領した。
「さあさあ!で、まずはコウウォルト!君さ、通称で呼ばれるのは抵抗があるかい」
元気よく話し掛けるジョージイに、ちょっと身を引いてしまうコウウォルトだ。
「ヘっ?い、いえ、でも、略称は、幼い頃だけで」
「そのときは、なんて?」
「えっと、ウォルトです。普通に…」
「うーん、まあ、それが無難か。ねえ、コウウォルト。俺たちもそう呼んでいい?」
「え!?ええ、その、構いませんけど…」
「けど?」
「あっ!いえ!どっ、どうぞ、お呼びください…」
「ふふーん!じゃあ、そう呼ぼう!」
そんな決め事から始まった話し合いでは、まず、4人でどこに行く、と、繋がっていった。
「俺としては、まず全景を見てから、どこに行くか決めたいね!観光情報誌を見たんだけど、上に在る宿町の中央にさ、ゼノンの集落を見下ろせる広場があるらしい。横の階段から下りられるから、そこ、行かないか。まあ、時間が掛かるけど…」
「時間は限られてるから、移動は馬車にしませんか!あ、でも、大きいけど…」
ジョージイに応じるシリルは、いつもの控えめな微笑みではなく、子供らしいと、気付ける溌剌さだ。
コウウォルト…ウォルト自身、軍属の父が家にまで持ち込む厳しめの雰囲気に当てられて、きちんとした態度、というものを心掛けた結果、いわゆる、子供らしさは、なくなっている。
昨日今日、始まったことではないので、急には変えられない。
それが、シリルへの共感、延いては旅の楽しみを満喫する、という自由を奪っていた。
彼が今、受けている疎外感も、そこに起因する。
ウォルトの、どのように接したらよいのか判らない、戸惑う様子を知ってか知らずか、話は進む。
「ん!じゃあ、そこまで、ほかの組と一緒に行かないかい?まず、宿に着いて、部屋を確かめたら、侍者に荷物を任せて、護衛と奥の崖の方に行く。いや待て、その前に食事か。食事して、行く。歩いてね。馬車は、1台だけ、荷物を下ろしたら、近くに迎えに来てもらって、下の町の行けるところまで、送ってもらうんだ」
「それがよさそうですね!じゃあ、兄上と話してみます!」
「じゃあ、俺はあっちにも。ウォルトは口下手っぽいな」
「えっ!」
急に話を振られて、しかも自分のことで、思い切り仰け反ると、シリルとジョージイに笑われた。
いや、笑ってくれた。
それは、面白い反応を返すという、1人の、人を、認める反応、だった。
「口数が少ないから、俺もよく判らないんですけど、王族相手に安易に喋らないのは、貴族の令息としては通常の対応かなって、思います」
「まあ、年齢的にもね、これからだもんね。そこいくと、こっちの公子様は、どこまでも我が道を行く性質でさ、正しく礼儀を持たないんだ」
「ぶほっ!ちょっと、反応に困ること、言わないでください!」
笑いを堪えながら文句を言うものだから、変な音とか出してしまう、常は幼さを残しながらも洗練された王子なのに。
対する公子様は、お怒りの様子だ。
「なんだよ、2人して!私にだって礼儀ぐらい備わっているよ!なんか偉そうなのからは逃げる!これが最も有効且つ、めんどくさくない礼儀作法じゃないか!相手が不快を示さないように立ち回ること、それこそが礼儀なんだから!」
「な?これがこいつの道理、我が道ってわけ」
「はっ、はあ…、ええと、し、至言ですね?」
「いいんだよ、ただの臆病者で!」
まあ、そんなことはさておいて、早速、話をしようと、町歩きの顔触れを見る。
リーヴは、婚約者ケイトリーに、くっ付いて行くのだと、前の馬車に乗っていて、ここには居ない。
グウェインも、私的留学者と親しみたいなと言って、同世代男女混合9人となり、前の馬車。
セイブ…第3王子セイブ・レオンコルト・クリストアーリヤ・ケイマスは、シリルたちと同乗しているが、カタリナとハシアも前の馬車なので、留学者の乗車人数が、かなり偏っている。
セイブと、その同伴として選ばれたラケット・ビージェは、今は、すぐ横の多人数用区画で、ケイマストラ王国駐在となったアルシュファイド王国大使シェイキン・バースと同席している。
シリルは早速、身を乗り出して、そちらも下の町に行きますかと、話し掛けた。
ジョージイはそれを見て、前方に居る外務官夫妻のところへと、揺れる馬車の通路を歩いていく。
前の馬車に留学者の多くが乗ったので、空いた座席に、町歩きに同行する侍者と護衛を乗せ、段取りを予め伝えるようにしている。
「それにしても、ゼノンかあ…あの辺りの歴史は浅いのだよな。土地が確りしているか不安だなあ、うん。不安だな。まあ、でも、ジョージイがいれば、大丈夫かなあ、どうかなあ」
ベルリンの発する、ひとり言にしては大きな声を、なんとなく聞いていて、唐突に、ウォルトは気付いた。
「しっかりって、えっ、それって、崩れるかもしれないってこと!?」
大きめの声に、なんとなく流れで、セイブたちの話を聞いていたシリルが、こちらに体を戻した。
「え?そんな不安のある土地なんですか?」
「そりゃあ、君。崖が抉れて出来た平地を利用して、住んでいるんだ。丸ごと落ちたって不思議じゃない」
近くに居たガリィが、ベルリンたちの話を聞いて、仲間に入れてくださいと、やってきた。
高床に腰を落ち着けると、それは少し乱暴な推測ですよと、話を続ける。
「一応、そちらに、アルシュファイドの者も住んでいますのでね、周辺環境だけは確認してあって、それによれば、特異な気候の変動でもなければ、地形が変わるほどのことは起こらないと考えるのが妥当です。ひとつだけ、あるとすれば、王都と同じ流れを下に見る渓谷ですからね、上流からの影響というのは考えのうちですが、そちらも、今のところは、変化がありません」
「えー?どれぐらい信じていいもの?」
ベルリンの不信に満ちた声に、笑いながらガリィは答える。
「アルシュファイドという土地は、国ごとに見ると、大規模な崖崩れの多い土地と言えます。被害が少ないのは、事前の備えもありますが、周辺観測の確実性の実績と考えられませんか?」
「うーん。どの程度多いかはともかく、実績、か。それは信じてもいいかもしれない」
ガリィは、にっこり笑って、シリルとウォルトに目を向けた。
「興味があるなら、土や岩を、よく見てみるといいですよ。植物のある土地なら、動植物の影響が大きいですが、その点、ゼノンは、植物が、ほぼ生えていない土地なので、動物も少ないです。最初のうちは、限られた人たちが、谷の下の水場まで下りて、細々暮らしていたのですが、宿町が作られてからは、その収益により、多くの人が生活する町へと発展したのです。食料の栽培はしておらず、王都までの行き来の途中でもたらされる、外部からの持ち込みが多いです。王都までの道のりの間に、ゼノンがあってこそ、食料を運ぶ道が廃れず、国内交通の要衝である王都フランシアは、栄えているのです」
「えっ!?」
「そこまで…」
ゼノンなんて、それほど重要な町だとは、教師は誰も言わなかったはずだ。
ただの宿町、けれども、宿だけでは、なかった。
「まあ、何か、ひとつでも作られると、影響は多岐に及ぶからね。互いに欠かせない存在になるのは、当然だよ」
この辺りのことに詳しくなくとも、そのような流れには予測が付くベルリンだ。
この大陸では、世界最古のアルシュファイド王国の起こり以前から、乗り物としての馬の存在があったので、その移動距離での集落の形成が多い。
今では荒野の多い、この大陸も、始まりのときには、人の食べられる植物が多く、増えた人々や冒険者が、大陸内部へと突き進んで、住みよい場所で留まった。
それぞれの集落が、国としての纏まりを持つまで、途絶し、復活しを繰り返したそれら拠点が、この大陸の東では特に、各国を支える柱なのだ。
ゼノンの町自体は、起こったのは、せいぜい数百年前だが、宿町の中央を通る道は、ずっと昔からあって、渓谷から離れたところに、今でも、ゼノン以前の町の在った跡が残っている。
「ケイマストラ王国は、ミルフロト王国のように、領地が集まったわけではなく、川の流れに沿って作られた集落の流通と情報を繋いで、ひとつの国となったようです。痩せてしまった今の土地では、いなくなってしまったようですが、ここは冒険者たちが作った国と言っていい」
ガリィはそこで、言葉を止めた。
この国の歴史は、アルシュファイド国民として育ったガリィには、痛ましい流れだ。
この土地を進んだ冒険者たちは、あまりにも我欲が強過ぎた。
その結果、土地は荒れ果て、道は途絶し、分断された集落の多くが、悲惨な終わりを迎えた。
志を持った者たちが、なんとか国を立ち上げ、道を再び通し、内陸の交通の要衝として、役割を果たすことで力を持つ手立てを示した。
騎士という存在を作ったのも、この頃だ。
ただ冒険する者ではなく、誰かを守る、個々を律する誓いを掲げる騎士。
彼らが、人を守り、町を守り、国を守った。
けれども、国内外の動きは、この地に在った人々に過酷で、長く荒んだ国状にあった。
現在の、穏やかな国になったのは、ヴァッサリカ公国の血を持つ、メテオケス王国から来た冒険者の訪れが契機となっている。
彼は言った。
冒険をしようと。
国を立て直すための冒険をするのだと。
冒険者として築いた私財を擲って、彼は始めた。
この大陸東の交通の要衝としての役割を、この地に打ち立てられた、ひとつの国に取り戻すための冒険を。
この地の国の再建は、メテオケス王国という、区分した職業それぞれを確立し、尊重する国から、つてを頼って行った、通商の道の構築に始まり、収益という力を以て成し遂げられた。
そのため、この国には、高位官吏とその縁戚である大名貴族と肩を並べる、豪商の縁戚である大名貴族が在り、双方の力で、国力を強めていったのだ。
「その辺りは、まだ、聞いていないかな。ガリィは、そんなこと、どうして知っているんだ?」
首を傾けるシリルに笑って見せて、ガリィは、事前情報です、と言った。
意識して、この国の再建に話を持っていき、ケイマストラ王国への移行が為された背景だけ話した。
この国は、ただ王家が変わっただけでなく、国自体を変えた者たちが、ケイマストラ王国という国を、新たに建てたと言っていいはずだから。
「この国の歴史の、あらましくらいは、承知しておきませんとね。一応、各国の歴史書は、簡単なものは、アルシュファイド国では、各図書室で閲覧できるはずです。詳細になると、分厚くなりますからね。置かれている場所も限られてきます。そうです、そのような、本の違いを見てみるのも、興味深いかもしれませんね」
「本の違い…」
「はい。歴史書もそうですが、言葉の辞書ですとかね、専門用語になると、一般に普及している辞書には載っていないものです。紙に印刷されている都合上、作ることのできる厚みには、限界があるのですよ。大きさも」
「ああ…それはそうかもな…」
「はい。何を学ぶかは、これから、ゼノンの町など見て、考えるといいでしょうね。例えば、ほかから持ち込まれる食糧ばかりを当てにせずに、自力で手に入れる手段を見付けるとか、作るとかですね。それほど水の多い土地でもないようですし、乾いた土地で育つ植物を探してみるとかですかね。それか、緑の濃い地域もありますから、そちらを保ちつつ、受けられる恩恵がないか、探したり」
「緑…」
言いながら、シリルが窓の外を見て、ウォルトも釣られて、車窓の景色に目を向けた。
見渡す限りと言っていい荒野の向こうに、黒く見えるのは、もしかして、高さからして、森かもしれない。
「緑の恩恵は、水だと、驚くほど遠くまで届いていたりします。昔には汲めなかった地下水も、今なら、汲み上げられるかもしれません。荒野には何も無いように見えても、大地はある。土が、岩が。安易に掘り返すことはできませんが、あとの世代にどう残すか、人だけでなく、動植物のことも、考えて、何をするか、探せることは、多いですね」
「そっか…」
「でもまあ、それよりも、好むことを探す方が、先かな」
「え?」
意表を突かれる様子のシリルの前で、ベルリンが、頷きながら、ガリィの言葉に同意する。
「好きなことなら、頑張る以前に、やりたいことになるもんね。それに、好きだからこそ、多くのことを吸収できる。私は嫌いなことほど、回避法を多く考え付くけどね!」
なんの自慢なのやら、ベルリンが腰に手を当てて胸を張った。
「まあ、好き、と言うほどでなくとも、何か気になるな、とか、突き詰めて考えたいことがあるなら、それこそが学ぶ意義というものです。どうしても、結果を求めてしまいますけどね、役に立つことを。でも、何かを学ぶ、そのことをこそ、留学者には、大切にしていただきたいと、私は思っています」
「ふうーん。私は、結果は後から付いてくると思っているけどね。道半ばでも、そこまで歩んで残した道は、誰かを歩きやすくしてくれる。そうして私も歩いてきたし。ま、先達の示す道が正しいとは限らないんだけど、それならそれで、間違いだったことを示しやすくもなる。時間を掛けなくて済む。どんなことも、役に立ったと言うのは、本人次第さ。私はそう思う」
「ええ。残念に思う気持ちが、納得に落ち着くといいんですが」
「まー、多いよね、先達に責任押し付けようとするのは。私には無駄に思えるけど、そういう人が多いんだって、覚えたよ」
ガリィが、ちょっと困ったように笑う。
「それはそれで寂しい」
人を諦めることだ。
見限っていると、いうこと。
ベルリンは、ガリィの反応を気にする様子もなく、言い放つ。
「いいんだよ!それこそ、私まで時間を無駄にされて堪るもんか。いかにして要領よく切り抜けるか!私の生涯の主題だよ、君」
「そっ、それもどうなのか…」
弱々しく呟くガリィなど気にも留めず、ベルリンは言う。
「その点、ジョージイとは、気が合うんだあ!ほら、あいつも、楽しいとこ取りしてるだろう!浮かれ気味で地に足が付いていないが、だから、あいつの隣は居心地がいい」
うんうん、と、1人頷くベルリンに、親しみを感じて、そうですかと、言うガリィは、やさしい笑顔だ。
「ああ、とにかくですね。今のところは、多くを見て、知ることです。目に留まるものを、追うといいですよ。なるべく、2人、離れないようにね」
「分かった」
シリルが頷くので、ウォルトも、分かりましたと頷いた。
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