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―旅の景色Ⅱ 街道の町ゼノンⅠ―
ずっと変わらぬような荒野だったが、唐突に窓の外に建物が見え出した。
猛獣など絶えて久しく、徒党を組む、ならず者が居たとしても、建物ごとの警備によって守られ、何事かあれば、宿泊客だって黙ってはいない。
統率が取れないなりに、非常事態の取り決めに従って、建物は建物の警備が守り、利用者は建物の内外で、飛び出してくるものを個別に叩きのめすだけだ。
そんな宿町なので、町を囲う壁は無く、建物の境界を示す侵入避けの壁が連なっているという形だ。
その宿町の外には、馬を歩かせることもできる馬場があって、高い柵がこれを囲っていた。
こちらの防犯も行き届いており、柵には目くらましの術を掛け、内側の警備体制を隠すなど、壁のような物体による障壁ではないものの、突き崩すことは難しい。
「この宿町の造りも、冒険者の利用した名残でしょうね。ほかの町だと、周囲を高い壁で囲いますが、そこまでのことをする者は、個人でも、団体でも、いなかったのでしょう。今は、隊商を守る警護の者たちが多くて、雇い主を守るために、建物の内外に気を配ります。ケイマストラ国の皆さんにも、夜間の警護はしてもらいますが、宿の防犯状況に合わせて、休むべき者は休ませます」
「分かった。兄上たちとは、分かれるのだっけ」
「はい。セイブ様と、ご一緒にと考えております。そのような分け方ですので、夕食と朝食も分かれてしまいます。折角の、ご兄弟同士の旅ではありますけれど、大宰府の公邸など、受け入れ切れないところがあるので、ご理解いただければ幸いです」
「うん、いいんだ。セイブ兄上とも、普段は、ゆっくり話せないから!」
幼さの残る笑顔に、ガリィも微笑みを返す。
年齢の違いはあるが、各国の末の王子は、なんだか、弟のように思えて、勝手に親しみを持ってしまう。
「それと、女子留学者を、ほかの宿に集めた都合上、目上になりますが、男子留学者が多くなっています」
「分かった」
少し、考えるような顔をしながら、シリルが頷く。
そんな会話の中、すぐに、ひとつ目の宿に到着した。
「それでは、降りましょう。こちらは、リーヴ様とハシア様がお泊まりになる宿でして、セイブ様とシリル様の宿までは、少し歩きますが、町の様子を見ながら、歩いてみるとよいでしょうから」
声を張るガリィに応えて、セイブが立ち上がった。
「分かった、出よう。ほかの者たちは?」
「はい。こちらに乗っているほかの留学者も、お2人と同宿になります。外務官は、女子留学者と同宿で、ここと、もうひとつの宿に分かれます。大使シェイキンだけ、大宰府への挨拶を兼ねて、そちらに宿泊です。警護の都合は、アルシュファイドの者で対応しますので、ほかは皆、こちらの宿町に留まります」
「そうか。分かった。ラケット、行くぞ」
「はい」
公的留学者の少年、ラケットは、軽くシリルに向けて頭を下げると、セイブのあとを追った。
武術に傾倒しがちなセイブとは違い、王城内の慣例を保つ鍵家(けんけ)の血族である錦家(きんけ)の者ということもあり、礼儀作法はもちろん、特に城内装飾の品格を見極めるための教育を受けているラケットは、所作は硬いが、武に通ずる硬さとは違う。
ちょっと近寄り難いかなと、背を向ける彼を見ながら、ウォルトは思った。
「じゃあ、俺たちも」
「はい」
シリルとウォルトが馬車を降りると、ガリィも続きながら、シェイキンを見て、片手を上げ、頷きを確かめた。
ここでは、ほとんどの者が降りて、私的外務官夫妻など少数が、宿泊予定の次の宿で降りることになった。
それほどに離れているわけでもなく、王都内の道より幅の広い道に驚きながら歩いていると、すぐに、彼らが宿泊予定の宿の玄関前に到着した。
後ろからは、同じく、前の宿で馬車を降りていた男の留学者たちが追い付いてくる。
そちらに片手を挙げて見せてから、ガリィはセイブたちに言った。
「それでは、部屋の確認をしてから、宿の中で食事して、出掛けましょう」
それから先着の機警隊補佐隊の者と、宿の者が迎える玄関内に入っていく。
先頭にはなるが、端に寄るので、セイブが先頭に見える。
宿の者は、その主がセイブの案内に立ち、続く腰の低い男が、シリルの案内に立つ。
要人のはずのジョージイとベルリンだが、異国の王子と公子という身分を明かさなかったので、上位者をケイマストラ王国の王子2人と心得たのだろう。
このようなとき、異国の要人というのは、扱いが難しいので、敢えて宿側には、異国の要人としか説明せず、第3王子と第4王子の持て成しを優先してくれるよう、予め言い含めておいたのだ。
そのような先の求めもあって、留学者たちとジョージイとベルリン、それに一部、警護の者たちの部屋は、最上階である同じ階層に固めてもらい、要人の部屋の真下を中心に警護の者を入れることができた。
ほかは、出入口に近い位置など、人通りを確かめられる場所に民間の警護として雇ったヅルーガ商会の者たちと、アルシュファイド王国の者を配して泊める。
侍従たちの部屋は、2人までの同室がありながら、主たちに近く配し、内部に侍者の部屋があるセイブとシリルの部屋は、交替で寝ずの番をする警護の部屋として使用することにした。
送迎を取り仕切るアルシュファイド王国としては、護衛を含む侍者たちも客のうちだ。
仕事は仕事として、休む時には、なるべく、主への意識を排して、休んでもらいたいのだ。
そのような事情から、王族の不寝番は、ケイマストラ王国の全体警護の者を中心に割り振ることとし、王女2人の不寝番としては、女騎士を当て、アルシュファイド王国の者を1人ずつ組み込ませ、負担の軽減に努めた。
事前に決めていた、そのような対応に不備が無いことを確かめると、荷物は侍者と荷持ちに任せ、留学者たちと護衛たちは宿を出るため、先に食堂に向かう。
今日の昼食は、それぞれが宿泊する宿の食堂で用意してもらうため、荷物の運び入れの都合もあり、一旦、不寝番も含め部屋を用意した宿に分かれて、いただいた。
ガリィは、機警隊補佐隊の2人と、セイブとシリルが泊まるこの宿で泊まるので、同じ食事を摂っていた。
その最中、別の宿の仲間と遣り取りして、そちらとも、最初は、ゼノンの町を見下ろす広場に行こうと決めた。
食事を終え、宿を出て最初の目的地に向かう途中、ほかの宿に泊まる留学者たちと合流し、それなりに距離は空けるが、纏まって、宿町の本通を玄関とする宿の並びから、渓谷側の裏手に向かう。
選んだ道は、到着した馬車の出入りや、食材など、宿に必要な用向きのための道で、本通には及ばないまでも、大きめの馬車が直角に出入りし、擦れ違えるだけの幅に加えて、脇に2本の歩道を敷ける程度の余裕がある。
横に広がらないよう、気を付けて、その歩道の1本を進むと、表通りに平行の道を越えて少し、前方には広い裸地が見えて、奥には、数本の杭に縄を渡した境界線があった。
先頭のセイブに少し遅れて歩いていたシリルが、真っ先に走り出し、縄の、こちら側から身を乗り出すと、はるか下方に、人家と思われる建物が多く見えた。
「ぅ、わあ…」
遅れて横に並ぶウォルト、釣られて走ってきたハシアやカタリナなど、留学者たち、この旅団の仲間が同じ景色を見て、それぞれに息を吐く。
それは、王都フランシアに比べれば、小さな町ではあったけれど、その距離から、密集具合、人々の生活の様子を、ずっと近くに感じられた。
「これが、ひとつの町…」
少女の呟きは、誰だったか判らない。
シリルは、ぱっと振り返って、すぐ後ろに居た護衛、コノリオ・リツトに向かって、叫んでいた。
「馬車は来てるか!?」
常に無い興奮の様子に、面食らったけれど、コノリオは、確認しますと、なんとか返した。
「シリル様、地面を見てください。それと、向こうの崖の、側面」
ガリィの静かな声が、意識を引く。
振り向いたシリルに、足下の地面を示した。
「表面は、固そうな地面です。でもこれは、とても水気の少ない乾いた土で、それほどに、確りとした地面とは言えないのですよ。それでも、ここを崩れ難いと判断するのは、あちら、判りますか?崖の外側には、岩が張り付いてますけど、内側、黒いでしょう。あれは、黒土(こくど)なのです。この大陸の土台」
この大陸は、黒土と呼ばれる素材を土台としていて、これは、風や水や火を含み、空洞なども作られているのだが、基本的に、動かない土台、という性質で、外からの衝撃の力にしても、内部に染み渡るような、ほかの要素でも、容易には、動かされたり、壊されたりといったことが、起こり難い、存在、なのだ。
そのように、定められたもの。
ゆえに、そのように、在るもの。
ほかの要素で何らかの変化を加えるよりも、意思ある者の意識によって、動かすことの方が容易だ。
もちろん、土の力を持つ者という条件はある。
さらに、これを作り出したのが神という至上の存在だったことから、特に悪意による働き掛けを極力拒むようにもなっているが、そのような事柄は、人という存在の誰も、知らないことだ。
とにかく、表面を覆う土や、石、岩、岩盤は剥がれ落ちることはあるが、アルシュファイド王国の土の宮公ほどの土の力を持つ者でない限り、黒土からの大規模な地面の変動は起こせない。
それでも万が一…土の者の異能の制御不能や、それ以外の不測の事態を考えて、アルシュファイド王国の者の手で、要所に密かな待避所を設けている。
実を言えば、この広場も、杭の下に地盤の保護術を仕込んだ彩石を埋め込んでおり、杭や縄の劣化を理由に、定期的な彩石の交換を行っているのだが、これは越権行為でもあるので、ケイマストラ王国の者には特に、明かすことはできない。
そもそも、町の者のためを思っての施しなどではない。
アルシュファイド王国の双王が、自国民を守るための、他国に対する、許されない越権行為だ。
もし、予期せず発覚するのなら、強国の、ごり押しも辞さない。
開き直りは正しくなんかないけれど、それでも、自国民を守るための手段を、代々の政王は敷き続けることを決め、祭王はこれを容認したのだ。
けれども、こうして関わりを持った以上、ほかの国々に対してもそうであるように、この施術を明かす時も近いのだろう。
そんなことを考えながら、ガリィは、この町を安全とする理由を話した。
いつの間にか、留学者たちなど、近くの者も耳を傾けていて、ゼノンの町と、それを見下ろす宿町の安全を認めたようだった。
「それでは、馬車も来たようですし、行きましょう。それでは、ここで」
「おっ!俺もそっち、行こうかな!」
ガリィの声に応えたのは、アルだ。
「わ、私もっ!」
言い出すハシアに、笑顔を見せて、アルは、だめだと言った。
「焦んなよ!まだ最初の町だから、詰め込み過ぎんな。帰りに行きたいなら、連れてってやれると思うから。たぶん、送れると思うけど…約束はできないか!まあ、できるときにな!」
そんな言われ方で、納得できないような膨れ顔だが、アルは軽く笑って馬車に向かった。
その後ろで、リーヴが妹の頭に手を置くのを見ながら、ウォルトも、シリルのあとを追った。
「さってと!お前ら、下の町に、何か目的あんの?」
後部座席に集まった面々を見回して、アルが聞くと、無いんじゃないとジョージイが答える。
「そんじゃさ!メテオケス国の冒険者組合支部を見に行かねえか!?あんま、活動があるとは聞いてねえんだけど、そんじゃ、なんで未だにあるのか、気になっててさぁ!」
「メテオケス国の冒険者組合…支部?」
復唱するセイブに、そう!と顔を向ける。
「ケイマストラ国は、その始まりから、冒険者って呼ばれてた、腕に覚えのある奴らが、探索という形で関わってる。それもあって、ケイマストラ国と呼ばれる頃、メテオケス国からの派遣で、支部が置かれたって聞いてるぜ!前の町は、その支部が、宿の役割も果たしてたそうだぞ。けど、そっちの人数が減ってきてさ、いっその事、集まろうって、上の町を下に移したんだと。で、宿の通りを町と切り離して、上は上で旅人用、下は下で住民用って、分けて防犯してんの」
「ふう…ん…」
どう考えたものか、判らないらしいセイブの呟きに、アルは、にかっと、笑みを返す。
「まあ、行ってみようぜ!」
なんとなくそう決まり、馬車に揺られて、町に向かう道を下りたのだが、下り切った広場で、身元確認が行われた。
住民証という証明紙があれば、簡単に通れるようだったが、そんなものを持たない彼らの馬車は、当然、足止めされ、脇に寄せられた。
承知していたらしいアルが外に出て、残った留学者たちが窓から様子を見ると、剣の柄に刻まれた紋章でも見せているのだろう、突然に畏まった確認の者は、あっさりと承認してくれたようだった。
「すごく、あっさり通してくれたね!?なんで!?」
問いを放つシリルに笑って見せ、車内に戻ってきたアルは、先に伝えておいたんだと言った。
「この旅団に、ケイマストラ国の王族も同伴だと言ってある。上の宿に泊まることは、大宰府に通達済みだからな。できるだけ、こちらには俺が来ると言っておいた」
「だから来たんだ…」
「上は任せて平気そうだったからな。さて、組合支部には、すぐ着くと思うが」
そう言って、窓の外を見るので、皆、そちらに目を向ける。
この町は、上の宿町の従業員が多く、その生活の場として、店が並んでいる。
貴族階級の者は、大宰府の長官ぐらいのものなので、似たような家が隣り合って、上から見た時にもそうだったが、近くで見ても、個々を識別し難いと感じる。
「上から町の全容が知られるのは、危険だからな。さっき上から見たのは、いくらか、歪みのある景色だ。全体を捉えることは容易だが、例えば、最も大きな建物を探すとか、町の出入り口を探すとか、飲料用の水場を探すとかは、出来ないように、幻術に似たものが掛かっていた。実際の町の造りがこうだから、できることだ。強力ではないが、見破るには複雑が過ぎる。ここは彩石は多くないし、異能の扱いに長けた者が多いわけでもないからな、数人で術を分けて、ひとつの効果を作り出している」
「そう、なのか…」
「おっ!着いたのか?」
馬車が停まったので、アルが体重を預けていた壁から身を起こした。
「到着しました、メテオケス王国冒険者組合ゼノン支部です」
不意に声が聞こえて、驚く。
これまでは使われなかったが、馭者が車内に声を届かせる仕組みがあるのだ。
「よっしゃ、行こうぜ!」
そう言って、アルが動き、出入り口に近い者から、外に出た。
顔を上げた正面には、横に広い階段の先に、屋根の低い玄関があり、車内の者が全員出ると、合図を受けて、馬車は馬車回しから、敷地の端の停車場に入っていった。
「ウォルト様、なかへ」
ウォルトの護衛が声を掛け、周囲を見回していたウォルトは、慌てて同伴者たちを追った。
玄関を入ると、小部屋程度の空間があり、奥に向かおうとすると、音色の違う音が鳴る。
聞き分けるのは難しかったが、人数が多いことは知らせただろう。
玄関の小間の先に進み、中央に大きな岩を置いている広間に入ると、左右から視線が集まった。
見回すと、腰や背に武器を持つ者が多く、その身なりは、貴族のウォルトから見て、あまり良いとは言えなかった。
一団の先頭を行くアルは、中央の大岩を左から回り込み、正面に見える受付台へと、迷いなく近付いた。
最も近付きやすかったのだろう女の前まで行くと、こちらの状況を知りたい、と言った。
「アルシュファイドの騎士だ。後学のため、こちらの仕組みを教えてくれ。利用できるのは、メテオケス王国で登録した冒険者だけか?」
年若い女は、驚きながらも、予め決められたような答えを、教わったように返した。
「あっ、ふっ、普通は、そうです。こちらで登録もできますけど、冒険者と言っても、職業としては色々あるので、それぞれの基準を満たすには、審査が必要ですし、そのための対策は、こちらでは対応し切れませんので、一旦、メテオケス王国に行くことを勧めています。普段は、格安の宿の利用と、発注されている仕事の確認に来る、既に冒険者登録を行った人ばかりで、職業だと、護衛と馭者と荷持ちが多いです…」
「ああ、チタの港から、フランシアまで」
「そっ、そうです…。この辺は、少人数の野盗程度しか居ないので、ハドゥガンタから船で来る商人に付いてきた冒険者たちが、宿代を抑えるために利用させられていますね、今は…」
「ああ、費用削減」
「ほんとは、冒険者のための仕組みなんですけど、そういうことでもないと、うちも収入ないんで…って、これは余計でした、すみません…」
「いや、いい。すると、ここは、ケイマストラ国の認可を受けたメテオケス国の施設か?」
「あ、ええ、そうですよ。職員もほとんど、メテオケス国民で、出張してきてます」
「ふうん?運営方針は?」
「う?運営…?方針?」
受付の女が、耳慣れない言葉と、相手の意図を理解し切れずにいると、細長い受付区画の壁にあった扉から、体格のいい男が出てきた。
「何があった?」
アルの身長は、そこまで高くはないのだが、比べずとも、大きな体の持ち主だ。
アルは、軽く体重を掛けていた受付台から身を起こして、男の目を、まっすぐに見上げた。
「ちょっと社会見学だ。仕事を頼むにしても、ここがどういう仕組みか知らないと、出来ないからな。それとも、異国の者から依頼は受けないか?」
「依頼したい仕事があるのか?」
「あるぞ。だが、今日、明日ってもんじゃない。これから長く、継続して行う仕事に関する依頼だ。場合によっては、本国、メテオケス国との交渉になる。そんで、まずは、現状確認に来たってわけさ!俺も、あんま時間ないし、後日ってことなら、今日は帰る」
大体の様子は分かったので、アルとしては、もう、帰っても構わない。
「本国?国と交渉?」
「そうだ。今のとこ、メテオケスとは、これといった取引が無いから、まあ、ここで判断できる範囲なら、そっちの方が、楽ではあるのかな…」
男は、アルの身なりと、後ろの同行者らしい者たちを見て、それから、ちょっと目を大きくした。
「制将…!て、こと、は、あ!勇将も!?」
「お。見て分かんのか」
アルは、ちょっと考えて、セイブを見た。
「何か、ここで気になること、あるか?俺はもう、あとは、シェイキンに言うこと言うだけだ。それとも、シリル?」
「あ!詳しく知りたい!費用削減、あ、ここを宿として利用?すると?何か問題が?」
制将…クラセスが、進み出て言った。
「こちらの支部長だろうか?あなたでなくともいいので、こちらの施設について、どういった施設かなど、落ち着いた場所で説明してもらえると助かるんだが」
そう言われて、名乗り合いは後回しにして、支部長、との言葉を否定しなかった男は、受付の女の1人を促して、案内に立たせた。
「ご案内します、あちら、奥へどうぞ」
女が、受付台の向こうから、端の天板を跳ね上げさせて、一同の前に出てきた。
男の方は、出てきた扉から、奥へと戻る。
旅団の一行は、アルを先頭に女のあとに続き、少し奥にある階段から2階に上がると、応接室へと入った。
そちらで、別の経路から先に部屋に入ったらしい、先ほどの男と再度会う。
女は、全員が部屋の中に落ち着くと、先の男が座る長椅子に並んで座り、その男が、この建物の管理者となる支部長であることを伝えた。
それを受けて、男は、ジャクセイ・トウだと名乗った。
「んじゃ、俺から。アルシュファイド王国の彩石騎士が一、赤璋騎士アルペジオ・ルーペン、アルって呼べ。留学の送迎で通り掛かったとこだ。そこの王子2人と、後ろの若い2人も留学者。なんで、ちっとばかし、ここのこと、説明してやって欲しいんだ。いいだろ?だめ?」
「いや、だ、だめ…いや、その、待て、さ、彩石騎士?」
「そこから?なんかめんどくせえ…」
1人掛けの椅子で、だらけた姿勢になってしまうアルの向かいで、やはり1人掛けの椅子に座るジョージイが、仕方ないなと笑う。
「ああ、ああ、アルってばもー。普通は驚くよ、普通の反応だよ!それはそうと、君、支部長、ジャクセイ?赤璋騎士は、最近、外交に努めてて、各国に足を運んでる。大体、今回みたいな、王族の送迎だって、聞いてるよ。俺はまあ、成人してるし、元々、旅暮らしなんだけど、彼らは未成年だし、女性とかの場合もさ、護衛として付いててくれるんだ。ここに居るのは、それでなんだ」
「は、は…あ?今、自分はって?」
「ああ、俺はね、気にしないで、主権無き王族の一員だからさ!てなことで、ね、そこの4人の少年に説明してくれ、君らのこと」
色々と処理し切れない支部長に代わって、受付の女が、身を少し正した。
「失礼して、私からご説明させてください。そちらのお若い方々ですね。私は、こちら、メテオケス王国冒険者組合ゼノン支部にて、支部長補佐の1人となります、メリッサ・パラディンと申す者です。主に対外を受け持ちますので、お見知りおきいただければ幸いです」
「お。有能な補佐じゃん」
気に入ったらしいアルの姿勢が、ちょっと良くなる。
「ありがとう存じます。さて、それでは、こちらの施設ですね。ケイマストラ王国建国の折り、当組合支部は、ケイマストラ国とミルフロト国間の街道を繋ぐ施設として立ち上げられ、当時は、第1支部となっていましたが、ゼノンの町の名ができてから、ゼノン支部と名を変えています。建国当時の取り決めではありますが、引き続き、維持を求められまして、メテオケス国の補助機関として、この地に留まり続けています」
「あれ、補助ってことは、主な役割は、ここに来るメテオケス国の冒険者たちの世話をすること?」
ジョージイの問いに頷いて、メリッサは続けた。
「はい。本国に於ては、数ある仕事の依頼を、こなすことと、新たに冒険者の一員となります方々の審査と、審査を満たすための教育などが主な業務なのですが、こちらの国では、冒険者の姿が減りましたので、辛うじて残っているのが、こちら、ゼノン支部と、隣町のアバト支部になります」
「え、北部は?」
「はい。あちらは、商人の利用が少ないので、訪れる冒険者も少ないのです。少し前…いえ、かなり以前のことになりますか、支部を、宿として、冒険者の1人が買い取って商売をしていたのですけれど、立ち行かなくなって、潰れてしまい、今は、建物だけが残っています。そちらの所有は、一応、その冒険者個人となっていたはずですが、売り払ったでしょうね…」
「へー、そうなんだ。あ、そうだ。ここを宿として使うことの意味を教えてあげて」
ジョージイに促されて、メリッサは、王子たちと、その後ろに立つ留学者2人に体を向ける。
「あ、はい。ええと、こちらは、格安で冒険者の宿泊も受け入れていますが、格安ですから、あまり利用が多いと、財政が厳しくなるのです。本来ですと、雇われている状況であれば、雇った者や、ほかの旅人と同じように、上の宿町に宿泊するのが、防犯としては常識、仕事上では良識と言える対応なのですが、宿泊費用は、安い方を選択するのが当然だと、まあ、それはそれで解るのですが、力のある商人ほど、冒険者に対する費用を削減する傾向にありまして、まあ、雇う人数も多く、こちらの利用者も増えるという…」
「完全に悪い流れに嵌まってるわけだな」
アルが締め括り、メリッサも、予てから鬱憤を抱えていたので、抑えていても、薄い溜め息は吐いてしまう。
「そっか。でもそっちは、今後、ケイマストラ国側と話し合えば、いくらか改善するかもしれねえぜ。クラン・ボルドウィンの名を覚えておくといいだろう。しかし、そういうことなら、こっちでの警護は、メテオケス側に求めるのも、ありかもなあ…」
アルの言葉に、ジョージイが首を傾ける。
「えー、でも、ヅルーガ商会はオルレアノ国じゃないの?」
「あっちは、国じゃねえしよ、商会なりの対応が見込める。対して、メテオケスは、国としての基準があるわけだし、個人での活動だから、少人数では、利用しやすいんじゃね?うん。試しにさ、これから、利用が多くなると思うから、ケイマストラ王国駐在のアルシュファイド王国特命全権大使シェイキン・バースと、公使が居ることは、覚えといてくれ。そうだ。あと、そっちの護衛とか、基準が知りてえわ。シェイキンを通して資料を求めるから、対応の準備をしててくれねえ?」
「あっ!はっ!はいいっ!っ?」
メリッサは、思いもよらない話の流れに、声が、ひっくり返ってしまう。
「大丈夫か?名前、覚えられた?わけないか。どっかに書いとけよ、書くもん、ある?」
「あ、私が」
同行していたガリィが、手帳に必要と思われる事柄を書いて、数枚をメリッサに渡した。
そうしながら、アルを見て、言う。
「アル、基準ということなら、少し、見ておきたいです」
「それな!なあ、ジャクセイ!護衛の力を見せてくれ!段階があるなら、それもな!」
「え!?」
完全に付いていけないジャクセイに、アルはちょっと、目を細める。
「お任せください!すぐに手配します!」
財政好転の気配を感じ取り、メリッサが目の色を変えて、立ち上がると、素早く風の力で伝達を発して、ジャクセイの肩を掴んだ。
「闘技場を空けます!一緒に来て下さい!」
見た目には判らなかったが、ジャクセイの肩に加わった力は、かなりのものだ。
ジャクセイは、その痛みに我に返って、慌てて立ち上がった。
「あ、ああ、分かった。ええと、こちらだ、来てください…」
「おっ。対応早くて助かるぜ!」
にこにこ笑顔のアルは、一瞬抱いた、ジャクセイへの、なんらかの負の感情を、忘れたようだ。
一同は、足早に、建物裏手、敷地としては中央に位置する区画へと向かった。
そちらでは、職員から求められて、事情の説明も不充分なまま連れて来られる、護衛師と言う職業の者たちが集まりつつあった。
あとついでに、当人の仕事仲間も、いくらか。
「アル、不完全な結界しか張れませんから、そっち、気を付けてください」
「おうよ!」
楽しげに答えるところを見るに、相手をする気満々のアルだ。
「え、と…。いいんですか?今、任務中…」
同行していた赤璋騎士従者ボルが、自信なさそうに聞く相手は、ガリィだ。
「うーん。それで言うと、一番、相手して欲しいのは、お前さんなんだけどね。警護任務と言えないのは、あんたたちだけでしょ」
「うっ!」
「まあ、部下の力不足の穴埋めを上司がするのは、当然。腕一本ぐらい、くっ付けられる医者を同伴してくるべきだったな…次回、そうしよう」
これまでは、必要を感じなかったし、そもそも、そのような人員を、すぐに加えられる状況でもなかった。
けれども、こうして、必要を感じた今、迎えの船の船医と、陸路の途中で合流しようかと考えるガリィだ。
尤も、考えた次の瞬間には、否定した。
そんな急な変更を取り入れるには、不備の多さが予想されて仕方ない。
そんな後ろの会話や考えなど気にも留めず、アルは闘技場の広い裸地へと入っていき、その中央に出る。
メリッサに急かされて、ジャクセイが立ち会いとなり、対戦相手には、アルシュファイド王国の騎士だとだけ告げた。
最初の相手は、ジャクセイに比べれば細身で小さいが、アルの頭ひとつは大きいし、鍛えられた体が服の上からでも判る。
男は、余分な装備を置くために、一旦、仲間のところに走っていき、外套を取り払って戻ってくると、軽く頭を下げるアルに合わせて、礼らしきものを見せた。
「はじめ!」
ジャクセイの太い声が響き、薙いで寄越される鋭い刃を受けた男は、軽く後ろに跳んで逃げ、腕に受けた衝撃に、また、何歩か後ろに下がった。
アルは、初手を放った後、ちょっと首を傾げて、その男は、どの程度の段階かと聞いているようだった。
「ねえ、メリッサ、あの、相手の男性は、護衛としては、どの程度なのかな、メテオケス国の基準では?」
ガリィに聞かれて、メリッサは、次の動きが、心配で目が離せないまま、返事をした。
「護衛ができるとされる最低等級です。彼が3級です」
「そっか。状況判断は、ちゃんとできるようだし、確かに、最低限のようだね。運が良ければ、命はあるだろう」
「………」
なんと返したものか、メリッサには、判断が付かない。
アルシュファイド王国と言えば、戦の無い国だ。
そのため、保持する武力を、軽く見られているが、その立ち姿を見ただけでも、ボルはともかく、ガリィは、かなりの腕前だと感じさせた。
格闘技術など持たないメリッサだけど、多くの冒険者を見てきた、その経験から、眼力は育てられている。
アルは、何度か、相手の男に打ち掛からせて、武器である槍を受けると、少し離れて、前方へと、2度、3度と、突かせた。
それをすべて、真後ろに向けて避けると、剣を収めて、元の位置に戻った。
すっと礼を示すアルに、慌てたように、男は礼を返し、ジャクセイに何か言われて、また、慌てたように、駆け足で仲間の許へと戻った。
「あれ、どっちが勝ったんだ?」
シリルの声に、ガリィはそちらを見て、勝負すら、できませんでしたねと言った。
「無効、と言うべきでしょうか。もう少し鍛練して欲しいところです。叩きのめして怪我をさせるわけにはいきませんから、諭して、引いてもらったんでしょう」
「ヘ、え…」
一応、聞いたが、シリルの目にも、同様に映った。
ウォルトは、ちょっと納得いかなかったけれど、次に出てきた剣士に期待する気持ちへと移行した。
今度の剣士は、準2級。
単独での護衛依頼は受けさせないが、格闘技術だけなら優れている。
集団で求められる依頼に組み込むための要員だ。
ちなみに、先ほどの3級だと、単独依頼は、もちろん受けさせず、2人以上の組で動いてもらう。
ただし、準2級では求められない、護衛対象者への接し方というものを必要技能とされるので、護衛として、腕ばかりの準2級より、少人数の護衛依頼では、頼りにされる。
「準と言うのは、そういう枠組みですね。腕はあるけど、護衛対象者への気遣いに欠ける。そこは、団体の、まとめ役に対処してもらいます。2級は、そこまで頼れる人で、気心の知れた団体のみでの活動を頼みます。1級は、複数の護衛団の、まとめ役もできるけど、それは、ほかの、まとめ役と仲良くして、役割分担をして、それぞれの組の仲間への対処を頼むといった形です。特級は、ほかの団体に指示する人。特級と1級と2級は、単独任務も預けます。で、弩級は、常識では考えられないような戦闘能力で戦況を激変させるような人。ここまでくると、護衛師ではなく、戦闘師となります。ただ、人柄によっては、支部長も務めてくれて、前任者が、弩級の護衛師、尚且つ、戦闘師でした。今の支部長は、特級の中でも、信頼が厚くて、こちらを任されました。ほかに、破級(はきゅう)なんていうのもあって、これは、護衛する意義そのものを破壊しちゃう、破格の冒険者です。私が知ってるとこで、ヴァッサリカ国の公子オムステッド・ヅィ・ロルト様ですねっ!」
語尾が、ちょっとだけ踊る。
慌てて、口元に手をやって、メリッサは続けた。
「あとは、彩霞と言う、区分ですね。これは、いつつに分かれていて、冒険者、金言者、家政者、便宜者、創製者と言う、いつつに分かれる組合を示しもします。ですので、彼らは、彩霞と言う、組合そのものの象徴のような扱いです。それこそ、元彩石騎士と噂される方もいたりして、まあ、私どもには、霞のように実体は判らないのですけれど、五色に輝く美しい雲なのです…」
夢見るような溜め息を零す、メリッサの視線の先には、闘技場中央で、今は準1級と手合わせする若者がいるようだ。
それも、さして時間を掛けずに剣を奪い、次は1級、そして、特級。
特級には、少し手間取って見えたが、戦闘に関しては、技能の差は明らかだった。
「特級が赤子同然…!」
メリッサは呟いて、瞳を潤ませたけれど、すぐに状況に立ち返って、ガリィを見た。
「いっ、いかがでしたでしょう、私どもの基準は…」
「悪くないと思うよ?騎士は、まあ、彩石騎士は特に、その、破級だっけ。それぐらいのことしちゃう人だから、比べることが不適当。ただ、異能の扱いが、全くできてないのが、気にはなるかな。仲間らしき人たちは、同じ護衛か知らないけど、私らの職業では、警備師に近い人がいるみたい。剣を振るうより、異能の扱いに長けている人がさ」
「あっ!そっ!そっ!そうっ!そうなんです!彼らは、そういう、数人で、ひとつ、という形で、補い合って、任務に就いているんですっ!」
「それならそれで、いいんじゃない?それぞれ、違う分野の人が活躍できるからこそ、メテオケス国は専門職を手に持つ人の国として成り立ってる。ただ、仕事ということなら、こちらにも、求めたい基準があるから、その辺りは、交渉次第になりそうだ。アルが…赤璋騎士の考えは判らないけど、私としては、見たままを報告させてもらう。メテオケス国の現状の一端をね」
「あっ、はっ、はあ…、あ、の、どなたにご報告を…?」
「あ、言ってなかったっけ。私は、政王機警隊の1人。赤璋騎士が語る言葉と、私が政王陛下に報告する内容は、事実以外は違うものになると思う。特に赤璋騎士は、騎士の能力向上に力を入れたいと思っていらっしゃるから、国益を考える政王陛下とは、取り上げる事柄が違うんだ。まあ、メテオケス国の現状を乱暴に変えようと言うのじゃないし、付き合いはこれからだと思うから、さっき書いた人たちの話をよく聞いて、自分たちの都合と、今後の国としての先のことを、考えるといいよ」
語った内容を、すぐには理解できないようだったが、そろそろ、アルも切り上げる様子なので、メリッサから意識を離し、ガリィは留学者たちに目を向けた。
「メテオケス国の国力は、見ての通り、専門職を個人に持ってもらうことで、保たれています。そのような国もあるのです。何故、それで成り立っているのか。どんな問題が、あるのか、ないのか。他国のことでも、自国と重なる部分もあれば、発想の手助けをしてくれるかもしれません。それでは、少し町を歩いて、戻りましょうか」
アルも、ジャクセイとの話を終えて、闘技場から出てくる。
「おっ!少し時間あるよな!町を歩いてみようぜ!」
声を掛けて、玄関まで案内してもらう。
見送りを済ませたジャクセイは、大きな溜め息をひとつ吐いて、同じく隣に立つメリッサに言った。
「なんか、起こりそうなんだが、どう思う?」
メリッサは、呆けたような表情を、すぐに変えて、ジャクセイを見上げた。
興奮に色付く頬が、ちょっとかわいくて、どきっとする。
「きっと起こります!あれこそが、彩霞の器!」
視線を戻して、馬車に乗り込む訪問者たちを見る。
「いえ、それ以上の…!!」
声に出さない、その先は、言葉にすると、泡となって消えてしまいそう。
「だな」
答えて、ジャクセイは、また、息を吐く。
今度は、気持ちを勢い付けるために、吸う息を、求めてのことだった。
その覚悟の、息を。
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