留学者一行の旅路Ⅰ ケイマストラ王国を行く

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       ―旅の景色Ⅳ 街道の町ゼノンⅢ―    まだまだ、見て回りたいと願うハシアに、明日(あす)の朝にと、落ち着かせて、宿の辺りに戻った彼らは、宿ごとに分かれ、翌日にと挨拶して別れた。 リーヴは、前後して戻ったハウルと共に、()てがわれた部屋に入ったが、すぐに出てきて、女子留学者の会話に加わった。 町の本通(ほんどおり)を歩くだけでも、街灯の仕組み、火事の備え、盗賊の備えなどを知ることができたし、歩きやすい歩道への気付きがあり、利用しやすい食堂や喫茶店の様子を、大きな窓から(うかが)い知ることもできた。 「はあ…。ああ、あのお店、利用してみたかったです…」 ハシアの呟きに、ヨクサーナは、仕方ないと言うように笑う。 ここでは、ハシアとヨクサーナ、それに、赤璋騎士従者マーゴが、ひとつの机を囲んで、茶と、甘味を、いただいていた。 「多人数での利用は、店の者も困りますし、帰りに、利用できれば、立ち寄ってみるといいのではないでしょうか。今回は、1日目で、護衛も多くしなければなりませんでしたし、外での飲食は、やはり、用心の必要があるのでしょう…」 控えめに言うマーゴの言葉に、少し思案をして、ハシアは溜め息をついた。 店に入ることは、できそうだが、飲食するとなると、王族の身では、自由にはいかない。 「むう…」 「アルシュファイドでは、問題ありませんよ。お付きの(かた)が確認するのに、苦労はないと思いますから。味見をしたいと言えば、切り分けのしやすい、甘味用の小刀(こがたな)を添えてくれますし、飲料は、ひとつを分けるものを選べば、確認を先にする、少しの時間があればいいです。こちらの宿の調理場でも、特に要人の飲食に配慮して、調理工程を、外からですが、見ることができます。ただ、用心のために、同じ店に、同じ時間での繰り返しの利用や、頻繁な利用は避けてください。余人に行動を読ませることは、危険を招きます」 「つまり、気に入った店を、知られないようにする…ですか」 「そうですね。でも、喫茶店も食堂も、レグノリアには多いですから、様々な特色を知っていただきたいです」 にこりと笑う、マーゴは、令嬢の所作とは違う洗練を見るようだ。 騎士に憧れて、自分もなってしまったと言う、彼女は、そういう憧れで進みたい道に進むことが、アルシュファイド王国では奨励されているのだと、教えてくれた。 簡単ではない、そこは自分の努力するところだが、女騎士が少ない事実にも対応して、働きやすいように配慮が多いということだった。 だから、自分も、従者として働けているのだろうと。 「私も、働けるかなあ?」 唐突な呟きだが、マーゴもヨクサーナも、思いを察してくれたようだ。 「ふふっ!騎士は、ただの職業ではないです。騎士となる。その気持ちがあれば、なれますよ。ただ、私から見て、今のところ、あなたは、もっと育てられる気持ちが、ありそうに思います」 「育てる気持ち…」 「ふふっ!恋とか!」 「え、えー…?」 「あと、友情?」 ハシアは、不意に胸を()かれた気がした。 思わずヨクサーナを見て、見返す瞳に、視線を()らす。 「う、と、その、そのうち…」 「そうですね。ヨクサーナも、あちらでは、学習場で、いえ、学校でですかね、色んな子が()ますし、親しめるといいですね。さて、そろそろ、部屋で休まなくても、いいでしょうか?気分が高揚していると、体の疲労に気付かないことがありますから、一度、部屋に戻って、横になってみてはどうでしょう。それか、こちらの宿は、屋上庭園が広いようですから、そちらを歩きましょうか」 「屋上…庭園…」 初めて聞く組み合わせの言葉に、ハシアもヨクサーナも、首を傾げてしまう。 マーゴは、ふふっと笑って、行ってみますかと誘った。 護衛たちを連れて、この宿で初めて見た昇降機で屋上に出ると、途中の道では、全く見られなかった草と花が、一面に広がっていた。 「木は、低めに揃えてありますね。見通しがいいし、明日(あす)の朝でもよかったかな…」 呟きが、風に飛んで消える。 屋上内の区画は、遮るものはないが、落下防止や目隠しの必要もあって、端の方は生垣(いけがき)が囲っている。 「庭園と言っても恥ずかしくないですが、種類としては、野菜園のようですね。宿の食堂で使っているみたいです、(さわ)れないようになっています」 「え?どういうこと?」 「こちらにある植物は、ほとんどが食べられるようだということです。ああ、この辺りの建物は、だいたい、同じようになっているみたいですね。目隠しの術が施してある」 この辺りの建物は、大体、高さが同じで、生垣(いけがき)が遮って全容は判らないが、目隠しの術が見分けられたので、こちら同様、宿泊客が散歩できるようになっているのだと推測できた。 一同、辺りを見回すなか、ようやく状況を理解したらしいヨクサーナが、驚きの声を上げた。 「この宿の食堂で出る食事ですか!ここにあるもの、全部…ほとんど!?」 マーゴは、そちらへ頷きを見せてから、歩き出し、植物の様子を確かめた。 「ええ、食べ物は、外から持ち込まれるものばかりに、頼れませんからね。かと言って、すぐに、どうにかできる土地ではないですから、この限られた範囲だけ、土を作って、ちょっとした味の変化に使うような、少量でよい、育ちやすい植物を育てているのでしょう」 よく見ると、景観を損ねない程度に、植物の名と、どのような食べ方をするかなど、説明する板がある。 「こちらは、花弁を食べるようですよ。それほど、味はしないようです。でも、見た目に鮮やかさが増して、楽しい食事になりそうです」 「花を、料理に…」 「ええ。明日(あす)の朝にでも、皆さんを誘って、お散歩されるといいかもしれませんね。ああ、そう、下の方には、背の高い木が多いですから、範囲は小さいですけれど、そちらを見るのもいいかもしれません」 そんな風に話して、マーゴは、興味深く植物の説明板を読む2人に、自分にできる解説を添えたりした。 やがて陽の傾きが大きくなり、空の色が変わるようだった。 「陽が落ちます。長い一日でしたね。部屋に戻って、休みましょう」 言われて、疲労を自覚した2人は、おとなしく昇降機へと向かった。 「ハシア様!」 不意に、ヨクサーナが声を上げて、立ち止まった。 すぐ前に()たハシアが振り返り、ヨクサーナは、その視線を捉えて、まっすぐに目を見た。 「連れて来てくださって、ありがとうございます!私、あ、の…」 急速に勢いを失ったヨクサーナは、視線を落とす。 ハシアは、体をそちらに向けて、ヨクサーナの右肩に、片手をのせた。 「私こそ、来てくれて、ありがとう!一緒にいてくれて、とっても、気持ちが(らく)。だから…」 もっと気の利いた言葉が、あるように思ったけれど、今のハシアには、これが真実で、言いたいことの、すべて。 「ありがとう!」 もう一度言って、自然に、顔が(ほころ)んだ。 ヨクサーナが笑い返し、ハシアは満足して、ヨクサーナと、手を繋いで、歩き出した。
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