4人が本棚に入れています
本棚に追加
―旅の景色Ⅳ 街道の町ゼノンⅢ―
まだまだ、見て回りたいと願うハシアに、明日の朝にと、落ち着かせて、宿の辺りに戻った彼らは、宿ごとに分かれ、翌日にと挨拶して別れた。
リーヴは、前後して戻ったハウルと共に、宛てがわれた部屋に入ったが、すぐに出てきて、女子留学者の会話に加わった。
町の本通を歩くだけでも、街灯の仕組み、火事の備え、盗賊の備えなどを知ることができたし、歩きやすい歩道への気付きがあり、利用しやすい食堂や喫茶店の様子を、大きな窓から窺い知ることもできた。
「はあ…。ああ、あのお店、利用してみたかったです…」
ハシアの呟きに、ヨクサーナは、仕方ないと言うように笑う。
ここでは、ハシアとヨクサーナ、それに、赤璋騎士従者マーゴが、ひとつの机を囲んで、茶と、甘味を、いただいていた。
「多人数での利用は、店の者も困りますし、帰りに、利用できれば、立ち寄ってみるといいのではないでしょうか。今回は、1日目で、護衛も多くしなければなりませんでしたし、外での飲食は、やはり、用心の必要があるのでしょう…」
控えめに言うマーゴの言葉に、少し思案をして、ハシアは溜め息をついた。
店に入ることは、できそうだが、飲食するとなると、王族の身では、自由にはいかない。
「むう…」
「アルシュファイドでは、問題ありませんよ。お付きの方が確認するのに、苦労はないと思いますから。味見をしたいと言えば、切り分けのしやすい、甘味用の小刀を添えてくれますし、飲料は、ひとつを分けるものを選べば、確認を先にする、少しの時間があればいいです。こちらの宿の調理場でも、特に要人の飲食に配慮して、調理工程を、外からですが、見ることができます。ただ、用心のために、同じ店に、同じ時間での繰り返しの利用や、頻繁な利用は避けてください。余人に行動を読ませることは、危険を招きます」
「つまり、気に入った店を、知られないようにする…ですか」
「そうですね。でも、喫茶店も食堂も、レグノリアには多いですから、様々な特色を知っていただきたいです」
にこりと笑う、マーゴは、令嬢の所作とは違う洗練を見るようだ。
騎士に憧れて、自分もなってしまったと言う、彼女は、そういう憧れで進みたい道に進むことが、アルシュファイド王国では奨励されているのだと、教えてくれた。
簡単ではない、そこは自分の努力するところだが、女騎士が少ない事実にも対応して、働きやすいように配慮が多いということだった。
だから、自分も、従者として働けているのだろうと。
「私も、働けるかなあ?」
唐突な呟きだが、マーゴもヨクサーナも、思いを察してくれたようだ。
「ふふっ!騎士は、ただの職業ではないです。騎士となる。その気持ちがあれば、なれますよ。ただ、私から見て、今のところ、あなたは、もっと育てられる気持ちが、ありそうに思います」
「育てる気持ち…」
「ふふっ!恋とか!」
「え、えー…?」
「あと、友情?」
ハシアは、不意に胸を衝かれた気がした。
思わずヨクサーナを見て、見返す瞳に、視線を逸らす。
「う、と、その、そのうち…」
「そうですね。ヨクサーナも、あちらでは、学習場で、いえ、学校でですかね、色んな子が居ますし、親しめるといいですね。さて、そろそろ、部屋で休まなくても、いいでしょうか?気分が高揚していると、体の疲労に気付かないことがありますから、一度、部屋に戻って、横になってみてはどうでしょう。それか、こちらの宿は、屋上庭園が広いようですから、そちらを歩きましょうか」
「屋上…庭園…」
初めて聞く組み合わせの言葉に、ハシアもヨクサーナも、首を傾げてしまう。
マーゴは、ふふっと笑って、行ってみますかと誘った。
護衛たちを連れて、この宿で初めて見た昇降機で屋上に出ると、途中の道では、全く見られなかった草と花が、一面に広がっていた。
「木は、低めに揃えてありますね。見通しがいいし、明日の朝でもよかったかな…」
呟きが、風に飛んで消える。
屋上内の区画は、遮るものはないが、落下防止や目隠しの必要もあって、端の方は生垣が囲っている。
「庭園と言っても恥ずかしくないですが、種類としては、野菜園のようですね。宿の食堂で使っているみたいです、触れないようになっています」
「え?どういうこと?」
「こちらにある植物は、ほとんどが食べられるようだということです。ああ、この辺りの建物は、だいたい、同じようになっているみたいですね。目隠しの術が施してある」
この辺りの建物は、大体、高さが同じで、生垣が遮って全容は判らないが、目隠しの術が見分けられたので、こちら同様、宿泊客が散歩できるようになっているのだと推測できた。
一同、辺りを見回すなか、ようやく状況を理解したらしいヨクサーナが、驚きの声を上げた。
「この宿の食堂で出る食事ですか!ここにあるもの、全部…ほとんど!?」
マーゴは、そちらへ頷きを見せてから、歩き出し、植物の様子を確かめた。
「ええ、食べ物は、外から持ち込まれるものばかりに、頼れませんからね。かと言って、すぐに、どうにかできる土地ではないですから、この限られた範囲だけ、土を作って、ちょっとした味の変化に使うような、少量でよい、育ちやすい植物を育てているのでしょう」
よく見ると、景観を損ねない程度に、植物の名と、どのような食べ方をするかなど、説明する板がある。
「こちらは、花弁を食べるようですよ。それほど、味はしないようです。でも、見た目に鮮やかさが増して、楽しい食事になりそうです」
「花を、料理に…」
「ええ。明日の朝にでも、皆さんを誘って、お散歩されるといいかもしれませんね。ああ、そう、下の方には、背の高い木が多いですから、範囲は小さいですけれど、そちらを見るのもいいかもしれません」
そんな風に話して、マーゴは、興味深く植物の説明板を読む2人に、自分にできる解説を添えたりした。
やがて陽の傾きが大きくなり、空の色が変わるようだった。
「陽が落ちます。長い一日でしたね。部屋に戻って、休みましょう」
言われて、疲労を自覚した2人は、おとなしく昇降機へと向かった。
「ハシア様!」
不意に、ヨクサーナが声を上げて、立ち止まった。
すぐ前に居たハシアが振り返り、ヨクサーナは、その視線を捉えて、まっすぐに目を見た。
「連れて来てくださって、ありがとうございます!私、あ、の…」
急速に勢いを失ったヨクサーナは、視線を落とす。
ハシアは、体をそちらに向けて、ヨクサーナの右肩に、片手をのせた。
「私こそ、来てくれて、ありがとう!一緒にいてくれて、とっても、気持ちが楽。だから…」
もっと気の利いた言葉が、あるように思ったけれど、今のハシアには、これが真実で、言いたいことの、すべて。
「ありがとう!」
もう一度言って、自然に、顔が綻んだ。
ヨクサーナが笑い返し、ハシアは満足して、ヨクサーナと、手を繋いで、歩き出した。
最初のコメントを投稿しよう!