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そして、ありがとう
寂れた部屋に誰かが入ってきた。でももう驚くこともない。僕はすでに、柱の一部と化してしまったから。
でも、その日は違った。
懐かしくて温かい手が僕をつかんだ。
あれ?この手は…
「あったんだ、こんな時計」
青年が僕を見下ろして言った。
この人… もしかしてお兄ちゃん?確かに面影が…。もうお母さんと背がほとんど同じになってる!
「お父さんとお母さんが結婚した頃だから、もう15年以上前に買ったヤツだねー」
少し年を取ったお父さんが、僕を優しく拭いてくれた。年を重ねた分だけ、お父さんのおでこは広がっていた。
向こうにいるのは弟くんだろう。
僕には見向きもせずに、一生懸命ゲームをしていた。もう赤ちゃんではなく、立派な小学生になっていた。
「これで動くかね?」
おばあちゃんが電池を持ってきた。お父さんはそれをすかさず受け取り、古い電池を取り出して、新しい物と入れ替えた。
カチリ。
電池が僕の後ろにはまった瞬間、僕の秒針は再び動き始めた。何年振りだろう。この感覚。長い間、忘れていた感覚。でも秒針は忘れていなかった。再び正確に、1秒を刻み始めた。
「ちゃんと動く。すごいな、この時計」
お父さんが刻一刻と1秒を刻む僕を見て言った。
「明日、職場に持っていこう」
お父さんはそう言って、僕を大事にしまった。
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