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さっきのあの子だ。
「――名前を教えてくれる?」
今日はもう百回は唱えている言い回しだったが、なぜだか妙に緊張して喉の渇きを覚え、ごくりとつばを飲み込んだ。
「砂原紗良です」
「サハラサラさん、ね」
サハラさん、サハラさん、と口の中で名前を転がしながら、端末のリストの中から彼女を探す。同時に『サハラ』という名前の知り合いがいなかったか必死に思い出そうとするが、やはり記憶の中には見つけられなかった。
「お、あった、はいこれ入館カードね。それからここに記名してハンコ押して」
セキュリティ管理の書類に記名捺印してもらえば、あとは社内資料が入った封筒を渡して終了という流れだ。
「――どうかした?」
わずかに逡巡した後、秋山は思い切って尋ねてみた。ちらちらと遠慮がちにこちらの様子を伺うような彼女の視線の意味が気になったのだ。他の子の秋山の顔に興味津々という視線とは異質なもののように感じたからだ。しかし、
「あ、いえ。なんでもありません」
とだけ言って逃げるように去っていった砂原紗良と次に再会したのは、入社式からひと月後だった。
秋山が所属する部署の新人として砂原紗良が配属されてきたのである。
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