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秋山自身は面倒くさいという理由でほとんど冷蔵庫は利用しないが、まめな社員達は思い思いに好きなストラップをつけていて、冷蔵庫を開けるとなかなかカラフルな光景になっている。
とはいえ、そんなことを急に言われても何も持ち合わせていないのだろう、砂原は申し訳なさそうに出口へ体を向けた。慌ててその背中を呼び止める。
「これでよければ使う? あとで好きなものに交換したらいいし」
「――いいんですか?」
いいもなにも。
「コーヒー買うたびについてくるんだ」
笑いながらそう言うと砂原がつられて控えめに笑い、ストラップを受け取った。
思いっきり笑ったらどんな顔になるかな、とふと思った。控えめな笑顔でも充分可愛かったからだ。
だが、それで下心が湧いたとかそんなんでは決してない。と秋山はのちに力強く語る。
他愛もない世間話のつもりで、入社式の時のことを聞いてみようと思い立っただけなのだ。
「砂原さんさ、」
言いながらなんて切り出そうかと少し迷う。あの時俺のこと見つめてた?――違う、それでは直接的過ぎる。だから。
「俺達、どこかで会ったことない?」
と聞いてみたのだ。これならもし会ったことがあるのだとしてもこちらが忘れていたことを誤魔化せる。そんな姑息な考えが、言葉のチョイスを間違えさせたのだろう。途端に砂原の顔に戸惑いが広がる。何度も瞬きをしたり視線をあちこちにさまよわせ、ちいさな声で何か口にした。
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