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1.見つめる彼女
舞台の壇上で、社長挨拶の為のマイクの高さを調整しながら、秋山尚希は行儀良く居並ぶ新入社員の群れにちらりと目を走らせた。ピカピカのスーツに身を包んだ二百人余りが整列している光景はなかなかの圧巻だった。
3年前の自分もこんなだったのか、と妙なタイミングで感慨深い気持ちを抱く。と、
あれ? あの子――
ふと一人の新入社員と目が合った。いや、合ったというより、こちらを見つめる彼女の視線に目を奪われたというほうが正しいかもしれない。
本当に俺を見てるのか? と秋山は一瞬疑ったが、彼女の驚いたような視線はあきらかに秋山に注がれていた。
ひょっとして知り合いかとも思いこちらも見返してみるが、まるで覚えはなかった。
「――マイクはまだかね?」
はっと我に返り目線を戻すと、思いのほか近い位置に社長のしわくちゃの顔が飛び込んでくる。
「わっ、すんません!」
秋山の上ずった声がマイクに乗る。辺りに響いたハウリング音に社長が顔をしかめ、くすくすという笑い声が場内に広がっていく。舞台袖から顔を覗かせたいる社員達は大喜びだ。
――後で絶対ぇいじられる……。
赤面しながらの去り際、再び彼女を見る余裕はさすがになかった。
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