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復興 その2
「忙しいだろうに、こんな城壁近くの区画に来るなんてどうしたんだ? 何か理由があるんじゃないのか?」
足元の瓦礫を子供のように軽く蹴飛ばしながら、私はジークに声をかけた。
そもそもパンダのように貴族達の下へ連れまわされているなら、こんな中心地から程遠い場所へ来ている場合ではないのではないのだろうか。
「それによく私を見つけたな。偶然通りかかったにしても、すごいタイミングだった。誰に取り押さえられたのかと思ったよ」
「はぁ。シルヴィ、あんたな……」
私の言葉に面食らったような表情を浮かべたのち、ジークは深いため息を吐いた。
「あんたのいる場所をランディスから聞いた。なんでこんな離れた区画で生活している? どうしてこっちが用意した屋敷に住まない?」
今度は私が驚く番だった。
「ジーク、私に会いに来たのか?」
「その無頓着さ、相変わらず頭が痛くなる」
呻いて分かりやすく額に手を当てると、ジークはジロリと私を睨みつける。
「そうだあんたに会いに来たシルヴィ。この国に誘っておくだけ誘っておいて、放置するような人間だとでも思ってたか?」
まさかそんな事はない。私は急いで首を横に振る。
ジークは厳しく冷静な人間ではあるが、義理はきちんと果たす人間である事は十分知っている。
「あんたが用意した屋敷に住んでないと報告を受けて、どう言うつもりかすぐ様その首根っこをひっ捕まえて吐かせてやりたかったが。生憎どうしても抜け出せずに今になっちまった」
怒りが持続するタイプではない事を知っているので、その場の勢いで捉えられるよりも、時間が空いた今の方がまだましだ。
私は心秘かにジーク達をパンダに仕立て上げた国王方に感謝する。
「ジーク、そんなに深い意味はないんだ。気にしないで欲しい」
「意味がないなら屋敷に住んでも変わらなかっただろう。何か不満だ? 何が気にくわない? ……何か不安に思う事があったか?」
ジークの優しさはいつもさり気なさ過ぎて、うっかりしていると気付かずに通り過ぎそうになってしまう。私はこっそりと微笑む。
さりげなく告げた最後の言葉が一番聞きたかったところなのだろう。
ジークは間違いなくしっかりと、私の身を案じてくれているらしい。
「そんな大した理由はないんだ。ただ、あなたの用意してくれた屋敷だと、私は自分をなんと名乗ったら良いのか分からなくなってしまって」
私の存在は魔王討伐の際でさえ、かなり慎重に隠されていた。
天使は希少種のあまり、その存在は人の世界では火種になりかねない。天使を金脈のように扱う人間もいれば。神の使いとして崇める者もいる。
ジーク達はそんな人間の性質をよく理解していたのだろう。地上に誘った者の最低限の責任とでも言うように、天使としての私をできる限り隠そうとした。
「屋敷の人間は信用できる者だけに厳選している。天使である事は伏せて、あんたは俺たちの大切な仲間だと言ってある事は伝えただろう?」
ジークは城へ上がる前、私の為に全てを整えてくれていた。
「……信用できなかったか?」
「そんな事はない! あなたの屋敷の人たちは皆親切にしてくれた。私がこの区画に部屋を借りられたのも、あなたの執事が協力してくれたからだ」
「……随分お止め致しましたが意思固く、所在掴めなくなるよりはと思い協力致しました」
「は?」
「と言う内容が屋敷から届いた。ただでさえ事後処理が溜まってる中貴族連中の元へ連日放り込まれ、どうやってこの苛立ちを収めれば良いのか考えていた所にこの連絡だ。どう思う?」
「は、はは……、それは…、ええと」
「この連絡を受けて2週間、俺がどんな気持ちでいたと思う?」
「それは、ええと、忙しいなぁ、大変だなぁと……」
「連絡を受けてから、なんとか周りをねじ伏せてようやく時間を作って今に至る訳なんだが、どう思う?」
ジークの圧迫に私は屈した。
「ジ、ジークが戻ってくるまでは、あなたの用意した屋敷に大人しくいるべきだった……」
深くうなだれてジークの望む回答を恭しく捧げる。ジークはその捧げものに当然のようにウムと頷く。なんでだくそ。
心の中での悪態に気付かれた訳ではないはずなのだが、ジークは軽く私の額を指先で弾いた。
「心配かけさせるな」
私は弾かれた額を押さえ、ムッとして口を尖らす。
「あなたの屋敷の人たちはすごくいい人たちばかりだが、過保護が少々すぎるぞ。屋敷では私が右の物を左に置こうとするだけで、飛び上がらんばかりに駆けつけて私にさせまいとする。深窓の令嬢にでもなったような気分で、私は文字通り羽を伸ばす事も出来なかった」
私の文句にジークが、おや? とでも言うように片眉を持ち上げる。
「なんだ。本当の理由はそっちか。屋敷の生活が窮屈だったんだな」
ある種の的を得られ、私は思わず口を噤む。
屋敷の中では接待を行う為、使用人達は常時さり気なく私に注目していた。
天使である事を隠したい私にとって、その注目は申し訳ない事に息苦しかった。
ジークは生まれた時から身分のある名家の出であったので、そんな注目など慣れきってしまっていて感じもしないのだろう。
「もっと本音を話せよ」
呆れたように告げられた言葉が、意外と深く胸に刺さった。
私のある種の臆病さを指摘されたような気がした。
「悪かったな。確かに、俺の仲間であるって事は今回の魔王討伐の立役者の一人だと、屋敷の人間は浮き足立ってた。感謝の気持ちを何かと表したかったんだろう」
「……それはすごく感じた」
好意を受け入れるだけの度量がない自分に、しょんぼりした気分で私は頷く。
「次はできるだけ自由にさせてやれと言い聞かせておく。だからシルヴィ、戻ってこい」
ジークの傷だらけの指先が、しょんぼり俯いた私の前髪をかき分けてくる。
目を見て話そうとするばかりに、たまに距離感を間違えて変に人を期待させるジークの悪い癖の一つだ。
戦いの場では聞く事もなかった優しい声に、私は一つうなずた。
「いやだ」
「あ?」
途端ドスの効いた声に、私は必死でイヤイヤと首を降った。
「い、いやだ! だって部屋を借りたばかりなんだ! 仕事も決まったし、仕事仲間に今度飲みに行こうと誘われた! ジークの屋敷に住んでたら絶対そんな事にならない!」
私の必死の訴えに、ジークはジト目になった後、大きくため息を吐いた。
「なるほど分かったぞシルヴィ。あんた何だかんだで地上を楽しんでるな」
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