第1話「余計なお世話なんだけど?」

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第1話「余計なお世話なんだけど?」

「ありがとうございました」  小袋を大切そうに抱え、女学生は俯きながら店を走り去る。その背中へ、男はにこやかに微笑みかけた。  ドアベルの余韻が消えるなり、彼は愛想笑いをふっと崩した。傍らにある商品棚には、「バレンタインクッキー」と記されたハートの札。明るいブラウン色のかごの中には、ハート柄の包み紙にラッピングされた小箱がいくつも並んでいる。中身はハート型のチョコレートクッキーが六つほど。中央にぽっかりとある空間は、先ほどまでに訪れた学園生が購入していった後だ。  店のバレンタイン向け商品は飛ぶように売れている。  今日は二月十三日。バレンタインデーは目前まで迫っていた。  ――ショコラトリー・ブリュール。  それは、ルーフス国都市・エカルラートにある素朴な洋菓子店だ。  クッキーやマドレーヌといった焼き菓子に、エクレアやフォンダンショコラ、チョコレートムースといった洋生菓子も多く並ぶ。一番の売りはガトーショコラで、これを作らせればルーフス国中でこの店の右に出る者はいないだろうと言うほどの実力を誇るパティシエが在籍している。  パティシエ達の類いまれなる実力はもちろんであるが、この店の魅力は確かな味とその価格帯にある。洋菓子のほとんどは富裕層や大人向けといった中々の値段であるが、「お一人様」サイズの少量のクッキーやマドレーヌなどの焼き菓子は金のない学生でも手が届き、子供から一般客まで人気を博している。また、店の近くにはソル・ヴィザス魔術学園があることも関係し、学生の利用も多い。  質素な店構えながらも、都市エカルラートではその名を知らぬ者はいない有名店である。  先ほど売れたばかりのバレンタインクッキーも、学生向けに展開している低価格商品の一つだ。十三日の今日は、朝からこの商品が何十セットも売れている。  会計を担当する青年・ラズは、今日だけでどれほど売り上げたのだろうなと腕を組んだ。奥から何度補充したか分からないし、キリのいい値段をどれほど口にしたかもよく覚えていない。もちろん、制服を着た客の数も覚えてはいなかった。  ぽっかり空いた商品棚を均一にならしながら、ラズはため息をつく。  ルーフスの人間は、バレンタインデーという行事に踊らされすぎている。  丸い文字が躍る札を忌々しげに見つめ、ラズは思う。
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