第1話「余計なお世話なんだけど?」

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 普段大して他人に感謝の言葉を伝えないくせに、こういう行事になると手のひらを返し出す。おまけに、学園では二月十四日に告白すると、愛が実るだのと言う噂話も囁かれていた。先ほど店を後にした女子学生のように、やたらそわそわと落ち着きがない客は、その迷信を哀れにも信じているということだ。学生とは言え、お花畑思考にもほどがある。  ――そんな簡単に想いが通ずるほど、この世の中は甘くないのに。  胸糞が悪い。ラズは奥歯を噛んだ。苦虫をかみつぶすような顔をして、商品をにらむ。すると、店のドアベルがカラカラと軽快な音を立てる。その音に、ラズははっとした。 「いらっしゃいませ」  顔全面に作り笑いを貼り付け、極めて明るい声を繕う彼の笑顔は、どこからどう見ても人当たりのいい青年そのものだった。ほんの少し前まで、ひどく不愉快そうな顔つきだったと言っても誰が信じるだろうか。爽やかな笑みを浮かべながら、早々に商品棚の整列を終えると、カウンターの奥へ向かった。  新たな客は、学園の女子生徒だった。また、だ。その制服姿に口の端がわずかに引きつったが、ラズに背を向けている彼女はそんなことに気づくよしもなく、焼き菓子のコーナーを見ながら顎に手を当てる。どちらにしようか、と、人差し指が二つの商品の間で揺れた。  やがて意を決し、売れ筋品の隣にあった物を手に取った。ハート増し増し、ザ・バレンタインという装丁とは異なり、落ち着いた茶色と薄黄色のストライプ柄だ。ティーン向けというより大人向けであるそれは、値段にも現れており、隣のクッキーのおよそ二倍の価格帯である。学生の売れ行きはあまりよくない商品だ。しかし、彼女は吟味した上でそれを選んだ。  女子生徒は商品を置くと、硬貨をトレーに早々に投げ入れ、カウンターに手をついた。そのまま身を乗り出すと、ラズの目をまっすぐに見つめてくる。 「お兄さん! あたし、明日一年年上のせんぱいに告白するんですっ!」  金を数えようとしていたラズの手がピタリと止まった。  彼女の目はキラキラと光り輝いていた。期待と興奮を胸に抱き、失敗する自分を想像すらしていないような、無垢で純粋な瞳だ。  ラズはそれを軽く交わしながら金を預かり、釣り銭をトレーの上に置く。 「へえ、頑張ってくださいね」  ラズは口元だけで笑ってみせると、心にもないことを言った。
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