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耳鳴
少々天然系の九条遙加には誰にも話していない秘密があった。
自分は極々普通だと思っていた遙加は自分の身に起こることは他の人にも当然起きていると思っていた。以前の遙加は決して自分は霊感が強いなどと思っていなかった。だから多少奇妙なことが起こっても誰かに同意を求めたりしたかったのだ。これまでは。
それは雲が地面位落ちてくるのではないかと思うくらい天気の悪い日のこと。まだ冬の寒さが抜けきらない去年の3月初旬のことだった。
遙加はその日、偶然なのか必然なのかレストラン・ブルーローズに来ていた。もちろん九条薫に会うために……ではなく新作ケーキの試食に来ていたのだ。シェフはイギリス人なので見た目はバリバリの外国人なのにペラペラと日本語を話す陽気な人だ。
イギリス人なのにフランス料理をこよなく愛するシェフ。シェフなのにデザート作りも上手なハイスペックシェフなのだ。その頃のブルーローズには専属のパティシエがいなかったのでシェフがパティシエも兼ねていたのだ。
その日はシェフから女子高生の率直な意見が聞きたいと言われて休憩中のレストランのテーブル席に1人座って待っていた。
店長の天ヶ瀬がケーキと紅茶を遙加のテーブルに置いたその時、急に遙が両手で耳を塞いだ。
「遙加ちゃんどうしたの? 何処か具合でも悪いの?」
腰をかがめた天ヶ瀬が心配そうに遙加の顔を覗き込んだ。
「ごめんなさい、そうじゃないの。いきなり酷い耳鳴りがしただけなの。もう大丈夫」
するといつの間にレストランに来ていたのか九条薫がバーカウンターの方から歩いてきた。
「遙加大丈夫だった? 最近あちこちで地震があるから耳鳴りがひどいんじゃないか?」
遙加は切長な目を見開いて薫を見た。
「薫、どうして知ってるの? 耳鳴りの事話したこと無いはずだけど」
遙加の記憶にある限り、誰にも地震が起きる前に耳鳴りがすることを話したことはない。家族はもちろんの事、如月にすら話していない。
「遙加のことなら何でも知ってるさ、遙加本人よりもね」
薫は意味深な笑みを浮かべ遙加を見つめた。
「九条さん、惚気はいいですから話を進めてもらえますか」
職業柄いつもは何でもサラリと受け流す天ヶ瀬がやけに突っかかってきた。
「もう少し、遙加だけを見ていたかったのに……分かったよ、説明する。その前に私にも紅茶をくれないか」
「分かりました。用意したら話してくださいね」
天ヶ瀬は諦めて紅茶を用意しにパントリーに向かった。
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