どろぼう猫

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 娘のやよいが電話に出るなり、あたしは、 「わああっ」  と、泣き声をスマートフォンにぶつけていた。 「やよいぃっ、聞いてぇ、ひどいのよぉ」 『なによぅ、お母さん、今度はなぁに?』  娘の口調は意外に冷たい。  あたしは勢いこんで訴える。 「だからね、宗男(むねお)さんが、家のなかで愛人といちゃいちゃするのよぉ」 『やぁねぇ、まだそんな話してるの?』 「まだって言いかた、ないでしょ? くやしいじゃない」  あたしは切々と、夫と愛人のラブラブの様子を訴えた。夫はもう、あたしが呼んでも返事もろくにしなくなった。こうなる前、娘がお嫁にいって、二十何年ぶりに、あたしが夫の一番にもどれると思っていた。なのに、あんな愛人のせいで、一番どころか、まるで召使いではないか。 「ひどいじゃない」  あたしは娘にたたみかける。「みんなあの愛人のせいよ。ああいうのを、ほら、なんて言ったかしら……そうそう、どろぼう猫、って言うんだわ」 『どろぼう猫、って、そんな大げさな』 「大げさじゃないわよ」 『ねえ、お父さんも、初めてのことでしょ?』 「うん」 『初めてだから夢中になってるだけよ。そんなの、最初のうちだけだって。じきにあっちに飽きて、またお母さんのほうを向いて、孝子(たかこ)さん孝子さん、ってなるわよ』 「そうかしら?」 『そうに決まってるわよ。結婚して、三十年でしょ?』 「三十二年」 『本妻はお母さんなんだから、お父さんの心が戻ってくるのを待って、どっしりと構えてりゃいいのよ』 「そんなこと言ったって……」 『んーと……じゃあ、来週の水曜日、定期健診に行くから、帰りにそっちに寄るわ。そのときに、また話を聞くから。それでいいでしょ?』  娘はいま、妊娠六か月になる。こっちの家の近くに、評判のよい産婦人科があって、そこで産むつもりで、定期的に検診を受けているのだ。 「そう? そうしてくれる? お母さん、もう、やよいだけが頼りだからね」 『はいはい』  気のない返事だったが、それで愛人問題については、一応終わったのだった。  そのあとついでに、芸能人の結婚のことやあれやこれやを、ほんの三十分ばかりおしゃべりして、電話を終えた。

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