運命の選択

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小学校までは山形にいた。 両親は地元では名の知られた存在だった。大学教授の父と母はちょっとした資産持ちでもあるからだ。 誰もが羨む家庭環境なのかもしれない。 けれど、何をやっても「和一先生と麻里奈先生の子だからこれぐらいできて当たり前」と言われ続けるのは苦しかった。 いくらこの苦しさを訴えた所で両親は「仕方がないことだ。今の生活レベルを維持したければ、そんなこと気にせず人の数倍努力しろ」と将来の話ばかり押し付けてくる。 それでも勉強が好きだし、両親が言う通り自分の将来を思えば何とかやっていけた。 中学校からは親の勧めるまま、東京の全寮制の有名男子校に通い、日本最高峰の大学に入った。 そして名前を言えば誰でも羨ましがるような商社に勤めている俺は人生の成功者なのだろう。 自分でも今までの経歴には満足している。 ところが、今ある事に悩まされていた。 どんな参考書にも載っていなかったし、今まで避けてきた問題でもある。 結婚だ。 会社は海外赴任しないとエリート街道には乗れない。 かつての独身赴任者が海外赴任で多大なる問題を引き起こしたことに起因している。 もちろん女関係だ、現地のお偉いさんの娘に手を出したとか何とかで日本大使館まで出てきて、会社が多大なる賠償金を払い問題を解決する必要があったようだ。 勿論、その男はすぐに自主退職させられた。 それ以降、このエリート街道に入る為には結婚し妻子も一緒についていくのが社内の暗黙の了解となった。 けれど、仕事一筋の自分には女性との出会いがない。 いや、同期が紹介して来たり、合コンに行ったことはある。 けれどもそういう場に現れる女は皆、獲物を狙う肉食獣のように時には正面から襲い掛かろうとし、時には草食獣のフリをし、俺を騙そうとする。とにかく恐怖を感じるのだ。 女は、自分の将来の生活レベルがかかってくる。だから、稼いでくる男を捕まえようとあんなに必死になるのだろう。 頭では理解していてもやっぱり目の当たりにすると恐怖の方が勝る。 自分より金を見ていることの不安。 女と付き合うのは気が進まない。 そんな時間があるんだったら、仕事のことを考えたいし、はまっているスマホゲームを少しでも進めたい。 スマホを検索すれば、性欲を満たすことなど簡単にできる。 俺は海外に赴任してもこのルーティンを崩すことはない。 神にだって誓える。 それなのに一体何のために結婚しなければならないのだろう。 ある日のことだった。同期入社の加藤が意気揚々と話しかけて来た。 「ニューヨークに二年間、赴任の内示が出た」 ニューヨークはエリート街道の中でも皆が羨望するルートだ。 日本に戻ってから最高の地位が約束されている。 こいつは帰国後、簡単に部長クラスになり、そのうち役員になるのだろう。 日焼けした加藤の顔をぼんやりと眺めていた。 「お前も早く結婚しろよ、仕事は俺よりできるんだからさ」 加藤は俺の背中を軽く叩き自分の席に戻った。 仕事をしていても加藤の誇らしげな表情が頭から離れない。 どうして実際の仕事を評価し、海外赴任させてくれないのだろうか。 結婚しなければ出世できないなんて、この時代セクハラなのではないのか。 そう思ってはいても小心者の自分には声を上げることはできない。 声を上げたら間違いなく出世街道から外される。 大きなため息を吐くと机の中に隠し持っていたTOIECの成績表を机上に出した。 仕事で成果を出した時に部長に見せようと思っていたが、今すぐに見せたい。自分を正当に評価してほしい。 満点に近いその成績表と海外赴任願いを部長に持っていくが、いつも表情が変わらない部長の表情は渋くなった。 やっぱり誰かと結婚するしかないのだ。 同期に頼んで誰か大人しそうな子を紹介して貰おうか。 いや、前にそう頼んで紹介されたのは大人しそうなフリをする巨悪肉食獣だった。 午後八時、会社の帰り道。暗闇の中、街灯の灯りを頼りに駅を目指す。 自分には結婚は向いていない。それは確かだ、けれど今結婚しなければならない。 どうやったら、結婚できるのだろうか? 適当な女と結婚するのは簡単だ、けれどそんか奴と一緒に住みたくない、そいつの為に金を稼ぎたくない。 吊り革に捕まりながら暗い車窓を眺めていたが、地下だから当たり前のように外は何にも見えない。 大きなため息を吐くと、ふと吊り広告が目に止まった。 そこまで可愛くもないけれど、見た目もそこまで悪くない女性が、そこまでイケメンではない普通の男と仲良さそうに手を繋いでいる。 そしてピンクの文字でこう書いてあった。 「あなたの運命の人探します。イーネットジャパン」 「運命の人」 普段なら鼻で笑うような言葉だか、何故だか胸に突き刺さる。 自分が結婚したいと思えるような「運命の人」に出会えるのか。 結婚相談所はいくらかの金を払えば結婚相手を紹介してくれる。 けれど、結婚相談所にいる女は皆モンスターだとか、男を金でしか見ないとか嫌な噂ばかりを耳にした。 それでもほんのわずかな可能性にかけてみたい。 結婚したい。 駄目でも仕事に何の影響もない、潔く止めればいいだけだ。 試す価値はある。 しかし、その場で検索している時に社内のやつに見られたらと思うと、その文字を打ち込むことができない。 そのため、部屋に帰るまで「イーネットジャパン」と心の中で唱え続ける必要があった。
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