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転勤先の最寄り駅に着いて那央也に電話をすると、びっくりを通り越して泣かれた。
泣き止んだら、気をつけてゆっくり来いと言うと、通話を切って空を見上げる。
青空が広がり、雲ひとつない空は清々しくて気持ちがいい。
(俺に会ったらまた泣くんだろうな)
那央也を待つ間、そんなことを思いながら時々空を見上げては深呼吸をする。
こうしていると、那央也もこんな気持ちで俺を待っていたのだろうかと、ふと思った。どこかドキドキするような、不思議な気持ち。
(まぁ、アイツのドキドキはこんなもんじゃないだろうけど)
そんなことを考えていると、いつの間にか息を切らした那央也が目の前に立っていた。
「ど、どうして、しゅっ、しゅっ……ちゃんがいるのっ」
「久しぶり……て、落ち着けって。もしかして走って来たのか?」
「当たり前じゃん! だ、だってっ!」
走って来たらしい那央也は、俺を目の前に軽くパニックに陥っている。それを宥めて、息が整うのを待ってから話しかけた。
「つーか、お前よく俺のこと分かったな。久しぶりだし、顔とか覚えてないだろ?」
お互いに私服で会うのは初めてなのに、那央也は俺をすぐに見つけだした。
それこそ顔だって覚えてるのかどうか怪しいのに。
「覚えてるよ。毎日寝る前に修ちゃんの横顔思い出してるから……」
「そっか……て、え?! 毎日、寝る前に?!」
「うん」
涙目で嬉しそうに頷く那央也を見て、告白されたあの日が蘇る。
(そうだ、こいつならそのくらいやりかねない。でも横顔って……)
「あのさ、横顔ってどういうこと?」
「今もだけど、修ちゃんて空を見上げるの好きだよね」
言われても全く自覚はない。
「そうかな、無意識だよ」
「駅で、今みたいに空を見上げてる姿があまりにもかっこよくて……見とれちゃった」
うっとりとしながら、幸せそうに話す姿に、俺は確信した。
「もしかして、一目惚れってそれ?」
「そうだよ。言ってなかったっけか」
「聞いてない。だから、気になって会いに来た」
理由を知りたくて会いに行く時点で、俺の中で何かが変化していたのかもしれない。
「どんな理由でも嬉しい。修ちゃんに会いたかったから」
「理由……か」
「え?」
「いや、なんでもない。今日、泊めてくれるか」
「もちろん!」
「明日、日曜だから仕事休みだろ。スイーツ巡り付き合うよ」
「ほんとに?! いつか一緒に行く日の為にスイーツ巡りコースを二十パターン用意してあるんだ、どれがいい?」
「二十パターン……。よくわかんないから、那央也が決めていいよ」
「分かった。修ちゃん、大好き」
久しぶりに聞いたリアルな「大好き」は、あの日言われた「好き」と何も変わらないはずなのに、少しだけ胸の奥がキュンとした。
誰かに想われることで、こんな気持ちになるなんて初めてだ。どこを探しても、今までしてきた恋愛とは違う。
「修ちゃん、お願いがあるんだけど」
「なに?」
「この前、イチゴジャムを買ってきたんだけど、瓶の蓋が開かなくてさ……だから……」
「帰ったら開けてやるよ」
「ほんとに? ありがとう。俺、幸せすぎてどうにかなりそう」
「大袈裟だな」
そんなことないと嬉しそうに笑う那央也を見ていたら、また気持ちが降り積もる。
「まいったな……」
思わず漏らした言葉に、那央也と視線が合うと……それは確実なものになった。
「修……ちゃん?」
不安げな眼差しと真っ赤になった顔にたまらなくなると、愛しさを両手で優しく包み込み、返事の代わりにキスをした。
「俺たち、付き合うか」
「……え」
「嫌か?」
「嫌だなんて……言うわけ、ない。嬉しいに決まってるじゃん……」
「そっか、よかった」
状況を必死に飲み込もうする姿が可愛くて、自然と笑みが溢れる。
「那央也、好きだよ。待たせてごめんな」
恋に色を付けたとしたら、きっとこんな色なのかもしれない。
そんなことを考えながら、嬉し泣きする那央也の真っ赤な頬にもう一度キスをした。
明日の朝は、那央也と一緒に朝食を食べよう。
たぶん、そういうことなんだと思う。
好きな人が隣りにいるだけで、それはとても愛しくてかけがえのない時間なのだと。
それに気付かせてくれたのは、那央也だけだった。
なぁ、那央也……俺が本気になった恋はお前が初めてだって言ったら、また泣かせてしまうんだろうな。
END
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