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その表情だけで察したんだ。自分がたった今、とんでもない失敗をしたんだってことに。
『……お前は、いいよな。男に生まれて』
それは、初めて聞くような声。
『小学生までは男子も女子も一緒にサッカーできてたのにな。……サッカー部って、バスケやバレーみたいに“男子サッカー部”なんて言わないのに……女子は当然のように厄介払いされるんだぜ。一緒にプレイできねえ、怪我させるのが怖くて無理ってな。あたしだって、中学でサッカーやりたかったよ。でも……イチから部員集めてサッカー部作れって言われるんだぜ、女子は。サッカーは、一チームで十一人いなくちゃいけねえってのに……』
『聖奈せんぱ……』
『制服だってそうだ。何でだよ。何で女子はスカート履いてなくちゃいけねえんだ。髪伸ばさないと女の子らしくないって言われるんだ。胡坐を掻いたら叱られるんだ。おしとやかにしなくちゃいけない、優しいのが当たり前、可愛くしなきゃ、お洒落にしなきゃって……なんで』
くしゃり、とその顔が歪む瞬間を、見た。
『なんで……“俺”。“あたし”って言わなくちゃいけねーの?おかしいじゃん、そんなの……』
それで、僕はやっと全てを察したんだ。彼女が妙に男っぽい喋り方をする理由。何かに刃向うように、暑くてもズボンを履いていた理由。意地でも髪を伸ばさない理由。僕の居残り練習に付き合ってくれたのも多分――本当はマネージャーとしてではなく、選手としてそこにいたかったからだっていうことに。
うん、現代の学校ならさ。制服は自由だったり、スカートやズボンの指定がないところもあるって知ってるよ。でも、少なくとも当時はそうじゃなかった。僕の学校は違ってた。彼女は周囲に押しつけられる“女の子”の理想像にどんだけ苦しんできたんだろうか。なまじ、凄く可愛い顔をしているってこともコンプレックスになってたのかもしれない。彼女の顔は、誰がどう見ても男の子には見えなかったから。
『……悪ぃ、忘れてくれ』
話は、それで終わった。僕は、彼女に何も言うことができなかった。自分は今までずっと、彼女の何を見て来たんだろう。そんな自己嫌悪で、今にも倒れそうになっていたから。気持ち悪い、なんて己が思わなかった事だけが唯一の救いだなんて、なんとも馬鹿げた話じゃないか。
練習はそれでお開きになって。
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