第六章

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「あ・き・ちゃーん?」 先程から静かな部屋に響いていた、押し殺したような岸本の小声が、吐息と共にすぐ近くで耳朶を擽り我に返る。 「ひっ」 「…ひって」 「い、いつの間に…!!超能力者か!!」 「そうだ!!」 「嘘つけ!!」 暗くて周りが見えないので、岸本がいるであろう方向を足蹴にし俺は起き上がる。岸本はいつの間にか俺の布団に潜り込み、その体温が感じられるほど近くにきていた。てゆうかほぼ密着していた。 「起きてんじゃん」 「もう寝る所だったんだ…なんだよ」 「んー」 「…」 「えっとねー」 「…寝るぞ」 「やっぱさぁー」 「寝るから、な」 「別れた方がいいかなって」 一段と声を潜めて呟かれたはずなのに、それはやけに俺の耳に残って離れなかった。 「…は」 「だってさぁ、タイミング悪すぎっしょ、昼間とか。これから大学も違うし、なかなか会えなくなるしねー。しかもさ、こんなんでもお互い跡取り息子じゃん。コーコーセーまでなら遊んじゃっても良いけどさ、なんか大学で付き合う人って結婚考えなきゃいけないっつか、いや秋ちゃんは本当に好きだけどさぁ」 耳によく馴染んだ声は、否応なしに俺の中に入ってくる。普段から口数の多い岸本の言葉は7割が無駄で2割が嘘だ。残りの1割は各自の判断だね、と本人が笑って言うくらい意味が無い。3年間寝食を共にしてきた俺の分析によれば、口数が多くなれば多くなるほど真実が増えるわけではなく、無駄な7割がパーセントを占めていくと思われる。本質は1割ない、それでも表情で語る岸本の目を見れば分かることも多いのに、今は真っ暗でなにも見えない。 岸本、岸本 顔見て話したい。 「やっぱ合わないんじゃない俺達っつか無理矢理付き合わせたのかなー」 「岸本」 「ん?」 「…しんどいか?」 ひゅっと岸本の喉が鳴った。本当に、コイツは言葉以外のもので語る。表情であったり沈黙であったり手であったり。 (…しんどいよ。超しんどい) 声にならない岸本の囁きが聞こえて思わず目を瞑った。嘘つきの岸本の言葉は俺には判断がつかない、そういう意味でも俺達は合わないのかもな。 でも 「そうか」 「ごめんね」 「だから謝るなと言ってるだろうが」 「でも悪いと思ってるから~」 「…俺は謝らないからな」 「はは、秋ちゃんが謝る必要ないじゃん」 「そうか」 「そうだー」 会話を続けながら俺は布団に入り直した。岸本が潜り込んだおかげで思った以上に心地よい暖かさに包まれた。 そのまましばらく1つの布団に背中合わせで寝たが、日付が変わった事を知らせる時計の鐘の音が鳴り止んでまたしばらくした後、ゆっくり岸本が自分の布団に戻っていった。 最後の最後に、俺の頭を優しく撫でながら岸本が囁いた言葉は、やっぱり「ごめん」だった。
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