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優しく、というよりは励ますように指先をぎゅっと握られて、ふいに甘やかされてる自分を自覚してしう。うぅ恥ずかしい。けど、ちょっと勇気を分けてもらおう。重ねられた武士さんの指の隙間から自分の指を絡め、それを軽く弄る。
「…よく、わかんないです」
「殴るぞ。」
「最後まで聞いてください。…受験の不安、がやっぱり一番なんだけど、勉強中に葉介の顔がちらつくんです。葉介に旅館を救う手助けをしてもらってアイツの話を聞いて…俺は大学で何を学ぶんだろうって改めて考えたんです。」
とりあえず経営学部に進めばどうにか旅館の再生方法が見つかると思い込んでいた自分に、葉介の存在が進学理由を揺るがした。自由気ままで尊大な態度。今どきの都心にいそうな若者風だけど、真剣に旅館の事を考えてくれた。俺の最悪な嘘がばれた後でも、ちゃんと香と旅館の事を考えて提携契約だけはつなげてくれたし。
結果が見えるのはまだまだ先だけど、その心意気が嬉しい。葉介はまるで、卑屈ともいえる陰鬱さで沈んでいた旅館に吹く新しい一陣の風だった。
「生き方とか、んな大げさなものじゃないんだけど。もう一度考えてみたくなったんです。」
「…そっか。悪いことじゃねぇな。俺はまたてっきり那加葉介と喧嘩したとかで落ち込んでんのかと」
「…それもありますけど」
「あんのかよ」
「いや、俺バレたじゃないですか。あれですごい嫌われちゃって。」
「は?バレた!?」
「あ…そうなんです」
そうだ。ここ最近、武士さんがあまりにも忙しそうだったので話すのを躊躇していたのだった。軽く詳細を話すと武士さんは訝しげに眉を潜めた。
「で?ヤツはなんて?」
「えと、嫌そうにしてました。気持ち悪い…って言われたりホモとか言われたり。」
「…へぇ。」
「全然話してくれなくなったし、目も合わせてくれなくなって」
「ほぉ」
「もちろん、今までしたことが許されるとは思ってないです。一生、口を聞いてもらえないのもわかる。けど、もっと側で話をしたいんです。てか…会いたいと、いうか」
言いながら頬に熱が集まるのがわかる。最近ずっとこうだ。葉介の事を考えだすと頭に血が上るような、身体中が痒くなって悶えるような気持ちになる。寒さとは違う鳥肌が立って、俺は思わず腕をさする。
「せめて声だけでも」
「ストップ。ストッープ。もういい」
武士さんの存在を一瞬忘れるほど力説していた俺に、呆れたような兄貴分の声が重なる。慌てて熱くなった頬を拭って赤みをなくそうとしたが、もう遅いぞ…と側で呟かれ諦めた。
「あ、あれ?なんかすみません俺…」
「いいよ。お前もなんかスッキリしたみたいだし。とりあえず車出すわ。」
言うが早いがそのまま車が発進し、町に着くまで明るい話題に花が咲いた。互いの年末年始の悲惨さに笑い、寄ったコンビニで合格祈願のお菓子を買い込んだ。こんなに自然に笑えたのは久しぶりで、まだなんにも解決していないというのに心が軽くなったような気がする。
車を降りる時になって、す、と武士さんが真剣な眼差しでこちらを向く。
「娘はやらんって言っとけ」
「は?」
「いいか、ウチの娘が欲しけりゃそれなりの誠実さを見せろ、って言えよ。」
「いや、あの」
「約束だ、悠。」
「あ、はい」
意味不明な台詞に首をかしげつつも、差し出された小指に条件反射で自分の小指を絡める。お決まりのフレーズを口にして指先を離すと、そのまま武士さんの両手が俺の両頬をかるく覆う。顔を掴まれた状態で俺達はぼんやりと目を合わせた。
見つめあうこと数十秒。車を降りて数分しかたってないのに、もう武士さんの両手の指先は冷え始めていて、室内へ入るよう促しかけたときだった。
「綺麗になったな、悠」
「な」
中に入りませんか、の「な」の形のまま呼吸が止まってしまう。意味不明な台詞の後には爆弾発言。かつてないほと愛しさのこもった表情を向けられて固まった俺を尻目に、武士さんは積もる雪をザクザクかき分けながら自宅に戻っていったのだった。
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