協奏曲は始まらない

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はっきり言うと地球の重力が逆さになるくらいに動揺した。でもまだ最後の私のお客様のスタイリングが残っている。気を抜かないように小刻みに震える手をもう片方の手で抑えて、大きく深呼吸した。 日本一有名な音楽プロデューサーが私を呼んだということがあり、上司の横峰が私を早めに店から帰した。 カフェで待つと言っていたが周囲にバレやしないか心配だった。裏方の仕事に徹し、メディアに出ることはほとんどないので顔自体が有名な訳ではなかったが、彼の作曲家としての熱烈ファンは多くいたので油断は全く出来ない立場だ。 急ぎ足でカフェに入ると、ブラックのクロッシェを目深に被り、サングラスをかけて店の奥の席でパソコンを開いた、中村奏太が待っていた。 「久しぶり。また会えるなんて思わなかった」 サングラスを外し高校生の時より明るく爽やかに話すようになった奏太の髪型はナチュラルに短く切り整えられ、黒い髪にピンクのメッシュが入っていた。 鼻にあったそばかすも治療したのか綺麗になっている。 「高校生のときと随分人が変わったね。・・・いい意味で」 私は笑顔を作るがその笑顔は一瞬でトーンダウンして、口角が若干下がるのが自分で分かる。 「ごめん嘘。なんか寂しいって思っちゃってるのが本音。ますます遠い人になっちゃったね。思い出すなぁ、懐かしい」 私は小さく微笑んだ。 「僕は“思い出す”なんて言葉じゃ片付けられないよ。後にも先にもあの高三のとき以上に意味のある年はなかった」 奏太が淡々と、でも一言一言に力を込めるかのように話す。 「奏太はここにくるまでどの年も、普通の人じゃ経験できない、濃くて無我夢中の日々を送ってきたんでしょう。そういえば北永ケイと結婚するって話も出てるし。本当に色々すごいね、奏太は」 北永ケイはずっと第一線を走る、老若男女に人気の美人女優の名だった。
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