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本格的な寒さが目前に迫っていた。肌寒くてまだ寝ていたかったのに飼い猫のチャコに早朝に起こされてしまう。予期せず、珍しく早起きをしたついでにそのまま学校に行ってしまおうと思い立ち、コンビニでミルクパンと紙パックのカフェオレを買って向かった。
自分が一番乗りだと、運動会の徒競走のゴールテープを切るかのように教室に入る。がらんどうとした空間を見て不思議な気分になり、胸が高鳴った。
校庭のベンチに座って朝食をとろうとスクールバックを机の横にかけて教室から出た。
上履きのゴム製の靴底が廊下をキュッと鳴らす。その音だけが響いていた中にピアノの音が混じった。
(この曲なんだろう。綺麗でかっこいい曲だな)
私はピアノがある音楽室へ行き先を変えた。
距離が近づくにつれメロディーもクリアな音になってきた。J-POPだろうか?クラシック音楽ではなさそうな曲調で頭にこびりつくメロディラインだった。
音楽室のドアをそっと開ける。
黒髪の前髪で目元が隠れている、失礼だが野暮ったい雰囲気の男子がいた。地味目な男子は猫のような形の指のままピアノの演奏を止めて硬直している。
「邪魔しちゃってごめん。ピアノ超上手だね。いい曲だったからつい覗きに来ちゃったんだ」
私は頭の後ろに手を置き、笑顔を作りながら言った。
「なんて曲を弾いていたの?」
固まった空気を解きほぐそうと話を続ける。
男子は口をぱくぱくと金魚のように動かしているように見えた。
「曲名はない」
小さな掠れた声で返答が返ってくる。
「曲名はないっていうのは君が作った曲とか?」
と冗談で聞いたのだった。
「うん、作った」
と真面目なトーンで前髪長男くんが言う。
「本気?冗談で言ってる?」
と聞くと、「冗談じゃないよ」と言われたので驚いたのは言うまでもなかった。
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