協奏曲は始まらない

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「君、すごいね。本気で才能の塊だね」 前髪長男くんの耳が赤くなる。いつまでも心の中で前髪長男くんと呼ぶのは失礼なのでその後名前を聞いたら、三年四組の中村奏太と教えてくれた。 私は奏太くんと呼びみんなが登校しにやってくる時間まで、音楽室で話した。クラスはそこまで離れていないのにこんな才能のある男の子がいることを知らなかった。 ピアノを聞かせてくれたお礼に朝食のミルクパンを半分あげたら、呟くように「ありがとう」と言って、奏太くんは小さくゆっくり齧ってパンを食べた。 「毎日ここでピアノを弾いているの?」 「たまたま今日早く来たんだ」 との返事に「私もたまたま飼い猫に引っ掻き起こされて来た」と言う。 「ははは」と爽やかに奏太くんは笑った。長い前髪の間から鼻のそばかすが見え、最初は陰気なオーラがあったが一気に印象が変わっていった。 私が「他の曲も聴きたい」と言ったら奏太くんも「またここで弾いてあげる」とリクエストを受け入れてくれる。 毎日早起きは私ができないので毎週火曜日、その日から私と奏太くんは音楽室に集まることになった。 奏太くんは毎週色んな曲を聴かせてくれた。 元気が出るような明るい曲、涙が出そうになる切ない曲、漆黒の闇に飲まれたような暗い曲。バラエティーに富んだ様々なメロディーがピアノから流れ出すたびに私は胸が熱くなった。 ピアノを弾き終えたら一緒に朝食を食べる。私がジュースやお菓子を持ってきたり奏太くんが近所の店の焼き立てパンを持ってきてくれることもあった。 毎週楽しい時間を過ごすうちに私は奏太くんから奏太へと呼び方が変わり、奏太は私の名を苗字でさん付けだけれど、ようやく呼んでくれるようになった。 「高橋さんは卒業したら進学するの?」 「美容専門学校に行く予定。美容師になるって決めたの」
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