鬼の戯言 午前零時

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◇  ◇  ◇  ◇    午前零時。  深夜の山道をコンパクトカーが走っていく。  これが昼間なら、紅葉が見事なんだろうけど……景色は黒一色で、ほぼ変わり映えがしない。  眠気覚ましの缶コーヒーを飲むマヤのとなりには、頬杖をつきながら車窓を眺めるアスラがいた。  憂いのある顔でしんみりとした空気を漂わせるのは、霊を成仏させたときに見せる癖のようなものだ。  それにしても今夜は、人間の醜態をまざまざと見せつけられた。  あの御婆さんにしても、親族にしても、とても人望や人徳があるような一族には思えなかったが、自分が良ければそれでいい、という考え方はあるだろし、それを他人がとやかく云う必要はない。  ただ、死に際の願いすら叶わず息を引き取り、憎悪と憤怒にまみれて怨霊化してしまったことには、少なからず同情した。  晩年を施設で過ごした老女の願いは、屋敷に残したままの家族写真を、墓に入れて欲しいというものだった。  しかし、年老いた老女の記憶は曖昧で、どこに置いたのか思い出せない。写真の捜索をやんわりと弁護士に断れた老女は、疎遠だった親族を頼るほかなかった。  その写真は、青磁の壺から見つかった。  貸金庫の鍵といっしょに隠すように奥底に張り付けられていたモノクロ写真は今、アスラのスーツの内ポケットにある。 「婆さんがちゃんと魂を浄化させて、黄泉比良坂を渡ってきたら、黄泉に送り出す前にもう一度見せてやろうと思ってな」 「いいんじゃない」 「そのあとは、現世にある墓に埋葬してやるつもりだから、マヤも付き合えよ」 「なんで、わたしが?! ひとりで行ってよ」 「いいじゃねえか。俺といっしょにまた山越えドライブして、帰りに美味いもんでも食って帰ろうぜ」 「デートかっ!」 「そう思いたかったら、そう思ってもいいぞ。そのときは恋人らしくしよう」 「本当に、馬鹿じゃないのっ!」  だんだんといつもの調子を取り戻してきたアスラが、マヤの髪を梳く。 「俺と恋人ごっこしたい女は腐るほどいるぞ」 「だったら! 何度も云うけど腐る前に、その女たちと恋人ごっこでも、夫婦ごっこでも、何でもすればいいじゃない」  車のヘッドライトがカーブを照らす。  運転に集中したいマヤの耳元に、アスラは顔を寄せた。 「それはダメだ。現世で俺が恋人にしたい女はマヤだけだし、夫婦になるなら、現世でも幽世でも妻はマヤだけだから」  ピシリと固まったマヤは、カーブ手前でブレーキを踏むのが遅れた。
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