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鬼の戯言
地獄の入口、黄泉比良坂にある庁舎内。
霊魂管理部調査課では、黒髪の男がひとり、ファイルに閉じられた書類をめくりながら、難しい顔をしていた。
机上にはA4サイズの浅型トレーが3つ並んでいる。左から【調査済み】【調査中】【大至急】である。
少し遅めの昼食から戻った男は、午前中は空だった【大至急】に、黒いファイルが放り込まれているのを見て、「めんどくせえな」と舌打ちした。
背もたれに背中を押し付け、だらしなく椅子に座りながらファイルに目を通していく。
「……マジで面倒じゃねえか」
深い溜息を吐いて腰を上げると、スーツの上着に袖を通し、行先ボードにペンを走らせた。
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調査員 / アスラ
行 先 / 神木仏具店
帰庁時刻 / 未定
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「ちょっと出てくるわ」
「行ってらっしゃ~い」
窓口に座る小鬼に声を掛け、庁舎前にあるバス停に向かう。
〖黄泉比良坂庁舎前〗
曇天の空の下、橋を渡ってきた行先案内のないバスに乗り込んだアスラは、走り出してすぐに【停車】ボタンを押した。庁舎の敷地を出て数メートル先にある停留場。
〖黄泉比良坂庁舎入口〗
バスの料金箱に金を入れ、両開きになっている降車扉の前で待つこと1分少々。扉はひらかない。
「おい、開けてくれ。緊急だ」
痺れを切らしたアスラが、拳で扉を叩くと、
「はい、はい。わかりました」
外側から暢気な声が聞こえ、観音開きの扉がゆっくりと開きはじめた。
「くぅぅっ……相変わらずバカみたいな重さ。油さしてやろうかな――あっ、指だ。あとはよろしく~」
隙間に手を挟んだアスラが、観音扉を押し開くと、今日も迷惑そうな顔をした若い女が出迎えてくれる。
「今日も、貴方ですか?」
いい匂いがした。
「今日も、俺だ。それから油はさすな。バスがスリップする」
「なんで?」
「170年前に1回あって、えらい目にあった」
「へぇ~」
「さすなよ」
「はいはい」
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