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小刻みなステアリングの操作によって、コントロールを失っていた車体はクルリと回転して止まった。
停止する直前、フワリと宙に浮いたような気がする。おそらくアスラが、わずかな鬼道を行使して横回転する車体を制御したのだろう。
危なかった。
真夜中ということもあって、対向車も後続車もいなかったのは不幸中の幸いだったが――鬼の戯言のせいで、寿命は10年ばかり縮んだ。
岩肌を正面に停車した車内で、ホッと胸を撫でおろしたマヤは、縮んでしまった寿命分の怒りをぶつけはじめた。
「何してくれてんのよっ! 危ないじゃないのよっ!」
怒鳴られた鬼は、眉をひそめて、
「ひとつも危なくねえ。俺がとなりにいるからな」
そう云ってから、意味ありげに嗤ってみせた。
そうじゃねえ――と、鬼の口調で毒づきたいマヤだったが、ここはグッとこらえる。
ダメ、ダメ。人外相手にムキになっても、ひとつも良いことはないと、これまでの経験から学んでいる。ここは冷静に。
「いいこと、アスラ。運転中に余計なことは云わないで。夜の山道は危ないの。車の運転に集中させて」
「余計なこと? 俺、云ったか? いつだ? まあ、しかし……集中できないのは、しょうがねえな。なにせ、この俺がとなりにいるからな。チラチラ見たくなる気持ちもわかる」
「……とことん、わかってねえな。この鬼は」
「おい、マヤ、女がそんな言葉は使うな。お里が知れるぞ」
「…………」
黄泉比良坂界隈で、マヤのお里はとっくに知れ渡っている。
そもそも、人様家の仏壇から、土足でやってくる鬼風情にとやかく云われる筋合いはないッ!
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