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「やめてよ、『おばさん』なんて。私まだ三十になったばかりよ」
陽菜はわけがわからなくなった。
「え? いえあの、年取ってるとかそういう意味の『おばさん』じゃなくて、私の母の妹という意味の『叔母さん』で」
「いい? これから私のことは、天音さんとお呼びなさい」
陽菜からしたらほぼ初対面だというのに、いきなり上からの物言いは癪に障った。本名は文のくせに。小説家なんだから天音より文の方がよっぽど合っているのではないかと言いたくなったが、目の前の叔母には本当に三十なのか疑わしいほどの貫禄と迫力があり、反論する余地がないように感じた。
すると、小比類巻が真面目に天音に尋ねた。
「でも、三十過ぎたら一般的には『おばさん』じゃないでしょうか」
場の空気が読めていない質問に陽菜は呆れたが、勅使河原が天音の代わりに答えた。
「『おばさん』の定義か、そりゃ難しいな。美容とか肉体的な問題なら医学的考察が必要だし、社会での年齢による女性の待遇に関してならジェンダー論も関係してくるかもしれん。オレは歳に関わらず自己実現を追求する人間に若さを感じるけど」
小比類巻は頷き、天音はすました顔をした。
「私は七十になってもいい女って言われたいわ」
天音の艶やかな口ぶりに勅使河原は首を振った。
「それ以上『女』を強調しなくても」
「まあそれは個人的趣向、私の好みよ。多様化した価値観を世の中が受け入れようとし始めた今、新しい価値観や今まで見て見ぬふりをされてきた価値観を私は支持します。でも、『見た目も中身もいい女でありたい』という古風な価値観も尊重されてしかるべきでしょう?」
「もちろん。まあ俺が加齢現象で気にするとしたら、こっち」
勅使河原が自分の後頭部を撫でると、小比類巻がその部分を確認しようと首を伸ばし、天音はテーブルの上にあった紙にハゲと書いて大きな円で囲んだ。
「ねえイチ、若いか若くないか比べるのはもはや生物学的な年齢じゃないのよ。精神年齢、肉体年齢、経験値、教養、様々な要素が比較されるべき事柄なの」
一と呼ばれているのは一だからか。叔母が諭すように話すと小比類巻は肩をすくめた。
陽菜は、しわしわでもおばさんでもいいじゃん、と思ったが、大の大人がどうでもいいようなことを真剣に語り合っているのは興味を引いた。
「名実ともに若い君はどう思う?」
勅使河原が陽菜にたずねた。
「ええと、私は外見なんて関係ないと思うし、『おばさん』でも『おじさん』でもどうでもいいです。大事なのは中身だと思います」
陽菜の言葉を聞くと、大人たちは一瞬顔を見合わせた後、声を上げて笑った。まただ、何かおかしなことを言ってしまっただろうか。陽菜の身体が固まった。陽菜のおびえた様子を見て勅使河原がうっすら笑った。
「ごめんごめん、久々に青臭い建前聞いたからさ。まあルックスがいい方がいいよね、内面はよほど近づかないと見えないから」
「年老いて確たる経歴も財産もない人に言っても、慰めにしか聞こえませんね」
小比類巻が続けた。
「ほらほら、私の姪をいじめないでちょうだい。若いって感じでいいじゃない、たまには」
天音が陽菜を見て微笑んだが、優等生的なつまらないフレーズを口にした陽菜は、大人たちに自尊心を木っ端みじんにされてしまった。
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