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Prologue 叔母と愉快な大人たち
そこは、豪奢なマンションのガラス張りのエントランスだった。
佐藤陽菜は、まずガラスに映った野暮ったい制服姿の自分を見て落ち込んだ。それから中をのぞき込むと、少し落とした照明に大理石の象牙色の床が落ち着いた輝きを放ち、シックな暗褐色の扉が見えてとてもおしゃれな雰囲気だ。自分には場違いだし、こんな光景、母が見たらきっと驚くに違いない。うっかりガラスに手をついてしまい、慌てて離れるとべっとり手のひらの跡がついてしまった。ポケットからハンカチを取り出し、少しこすってからインターフォンを押した。
「はい」
意外にも聴こえてきたのは男性の声だった。間違えた、どうしよう。
「ああ陽菜さんですね? どうぞお入り下さい」
エントランスの自動ドアがすうっと開き、陽菜は恐る恐る中に入った。
母には叔母に会うように言われてきたんだけれど、ここは叔母の住むマンションではないのだろうか。それとも叔母は男性と一緒に暮らしているのだろうか。おかしいな、確か旦那さんは外国人のはずだ。陽菜の心に波風が立ったが、とにかく指示された階に向かった。
叔母の部屋の前で躊躇しているとドアがいきなり開いた。慌てて後ずさりすると、中から男性が出てきた。そう、この人のせいで今日、わざわざここまで来たのだ。男性は紺のセーターの襟元に白いシャツをのぞかせジーンズを履き、まるで大学生みたいな雰囲気だった。
「どうぞ、上がって下さい」
「……」
どうして私の叔母の部屋に。一緒に暮らしてるんですか。
そう言おうとしたが言葉が出なかったので、陽菜は立ち止まったまま男性を見た。
「ふうむ、用心深い子だな。いい心がけだ、悪くはない」
男性は顎に手をあてて頷いたが、
「でも開けっぱなしだと寒い!」
「あっ」
陽菜の手を引っぱり、無理やり家の中に引きずり込んだ。
「上がって、天音さんは今、着替えてるところだから」
着替えてるって何だろう、もう日も暮れるというのに、もしかしてまずいタイミングで来てしまったのではないか。陽菜の頭によからぬ妄想が駆け巡ったが、男性は気にせず玄関の向かいの階段を上った。
「階段? マンションなのに?」
「三階まであるよ」
興味を引かれて陽菜も恐る恐る階段を上った。
天音さん、か。陽菜には聞き慣れない呼び方だが、世間的にはその名前の方が有名になっていた。
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