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あぁこの笑顔、僕にも見せてやりたかった。
夏。凍った雫は「」の涙と共に流れた。
雪の降らない、この小さな公園にはもう何も遺らない。
こうして近くで見ると手に取るように判る君の生き様を埋めてやりたい。
「」の創り上げた理想郷、第2の負の遺産となるであろう穢れた街、何も降らなくなってしまったその新都心が月夜を投影する。
何か、何かが足りないとずっと思ってた。
それが間違いなくミナであったことは知っている。
その感情を持つ僕は不幸だと、
その想いを持つのは僕だけだと
そう思ったから僕はあの日、「」へ人生最後となるであろう手紙を書いた。
と言っても、実際書いたのは二つだけだ。
妹の、ミナの口癖と
「克服」の2文字。
これを読み、描いた「」はこの場所へとやってきた。
そして、でもそれは今気がついたことだけど。
「」も僕も同じだった。
不自然に欠落したその手首からは、
強烈なまでの自己嫌悪と微かな陽光を感じた。
あの日から5年も経ったというのに、
消そうと思えば幾らでも消せただろう、お前は。
あれだけ自分から遠ざかろうとしていたじゃないか。
その為だろう?あの殺人も。
救世主を名乗って子供も、女も見ている目の前で
妹を殺していたじゃないか。
そんな「」を見て俺は許せないと思ったのに。
この手で潰そうと、
彼女に光を見せたいと思ったのに。
もう生きる決意も、消える決断も星屑の様に消えてしまった。
寧ろこの夜空に溶けてしまいたい。
...まだ夜は明けないのか。
氷は、呪縛は溶けたのに。
何故明けない?
「_____。」
沈黙。
溶けた氷に「」の玄い血液と僕らの唾液が溶け合う。
「君は、ヒーローに、なれたの、か?」
君も僕もヒーローにはなれていないだろう。
なろう、なんて思ったこともないが。
そうして何と無く「」の頬を撫でる。
___自分を削ってまでも、笑顔になりたいなんて。
僕は思わないけどな。
その時だった。
『僕だって、思わない。』
そう聞こえた気がした。
あぁ、この体温はこの男のものじゃない。
「」の奥に、僕に似た誰かが居る。
人類の救世主になんてなろうとしなかった、
そんな小さな物語の『ヒーロー』が。
彼はそっと、その声に接吻をする。
その想いに任せるまま、その舌を絡ませる。
反応は無い。
今までの事なんて全て忘れてしまう程、何かを求めている。
そして、
「やっと、見つけた。」
彼は笑った。
その奥にいたのは小さな、小さな少年。
あの氷に宿った想いの正体だった。
最期に彼の得たものはもはや誰にもわからない。
ひとつ言えることがあるとすれば、
彼はそれでいい、と思ったことぐらい。
ただ、それだけの話だ。
ゆっくりとそのナイフを構える。
彼に迷いはない。
だって、今更戻れない。
かつて月だったものに見られているのを知ってしまったんだ。
そして、微笑む。
ーその刃は彼の頸部の奥深くへと突き刺さった。
溢れる赤い血液を彼は止めようとしなかった。
ひとつだけ悔いがあるとすれば
もう一度、夜明けが見たかった。
氷解 終
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