7人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
前編 がき
※実際に起こった殺人事件をモチーフに書いた胸糞ホラーなお話です。
決して犯人達のやったことを肯定する意図はございませんし、お願いですから犯人たちと同じような行為をしようなどと思わないで下さい。
「おい、もっとしっかり力入れて引っ張れよ」
「うっせーな、わかってるっつーの」
「おいおい、何調子ん乗ってんだよ、さっきまで散々ビビってたくせによ」
「そう言うテツヤだってビビってたんだろ? 俺に擦り付けるつもりかよ、とか言ってたくせによぉ。女に噛み付かれて逆上して情けねえでやんの」
「うっせーな、オメーもあのクソ女みてーにやっちまうぞ! 調子こいてんじゃねえ!」
「ッてー! 何蹴ってんだよ、俺は全くカンケーねえだろうがよ! 後でユウト蹴っときゃいいだろうが! 大体テツヤはレイプAV見過ぎなんだよ! 現実に襲われてるオンナが大人しくしゃぶったりするかっての」
「ァアッ! 文句あんならかかって来いよ!」
「オイオイ、内輪モメなんざ後にしろや! とっととこいつも片づけちまわねーと面倒だろうがよ!」
「大丈夫なんかヨ? ホントにセンパイきっちりやってくれんのか?」
「ソイツらの車に死体入れてセンパイんところの廃棄物処理場持ってっときゃ、夜中のうちにプレス機動かして車ごとペシャンコ、コネコネ、正方形に畳んで処分しといてくれるってよ」
「ニシダセンパイだろ? あんまあの人と関わりたくねーんだよな。ゼッテー吹っ掛けられんだからよ。これまでの稼ぎ根こそぎ持ってかれるぜ」
「大体噛み付かれたくれーでテツヤが頭に血ぃ昇らせてオンナ殺っちまうからだろ? こっちゃとんだとばっちりだぜ」
「思いっきりでけー石で顔面殴ってんだもんな。歯ぁ折ってまた〇〇〇せようとか思ってたんだろ? バカだねー」
「センパイに払う金、テツヤ全持ちでもいいよな」
「ァアッ? お前らも散々オンナ嬲り倒してんじゃねーかよ! トシはえらそーに一番に突っ込んでたくせによォ! ユウトもオンナの爪嚙みちぎって喜んでたじゃねーかよ、ざけんな!」
「殺しちまうオマエよりマシだわ!」
「全くだわ。わざわざクソみてーなセンパイに繋ぎ取ってやったんだから、一番槍くれーでガタガタ言われる筋合いねーわ」
俺の周りを取り囲む4人の男が何だかんだ喚いている。
俺の首に掛けたトラロープを、男たちが2人づつ両側で引っ張っている。
俺を頭が悪い方法で殺すつもりだ。
てめえら、絶対に許さねえからな。
最後の最後まで絶対てめえらを殺してやる。
何があろうと殺してやる。
絶対に、諦めねえぞ!
よくも、よくも俺の、俺の大事な、アヤカに乱暴して嬲り殺しやがったな。
絶対に許さねえからな!
俺とアヤカはただ深夜のドライブの終わりに緑地公園で車を停めて喋ってただけだ。
クリスマスが終わったばっかりで、俺がそんなに金ないだろうってアヤカの気遣いだ。
結婚資金を貯めてる最中のクリスマスだったが、ケチりたくなかった俺はそれなりに奮発した。
アヤカはそんな俺の懐事情を知ってるから、こうやって年末の浮かれた時期でも貧乏デートで許してくれていた。
ここの緑地公園は俺達の住んでる市の隣の市にあるが、最近完成して解放された公園で、深夜の人の出入りが少ない割にトイレとかは綺麗だから、のんびり話すにはもってこいだ。
話す内容なんて本当に大したことじゃないし、手を繋ぐくらいで別にいちゃついてた訳じゃない。
お互いにその日あったことや、共通の友人のとりとめもないこと。
そんな他愛ない話をする、それが一日の終わりのちょっとした安らぎ。
他の車も停まっておらず、静かに二人の時間を楽しんでた、ただそれだけだったのに。
俺達が車を停めてる緑地公園の駐車場に、車が入って来たのはサイドミラーで見えていた。
わざわざハイビームを焚いて入ってきたから怪しいなとは思ってたんだ。
俺達の乗った車のすぐ横の駐車スペースにわざわざ停まったのはフルスモークのセルシオだった。
タチが悪い奴に絡まれそうだと思った俺は、すぐ車をバックさせてその場から動こうとした。
そしたら、俺の車のすぐ後ろを塞ぐようにライトを消した黒いボロのワゴンRがいつの間にか停まっていて、俺の車はワゴンRの横腹にぶつかってしまった。
横に停まったセルシオがわざわざハイビームで駐車場に入ってきたのは、後ろのワゴンRをこっちに気づかせないためだったんだろう。
後ろが塞がれて駐車場から車を出せる状態じゃない。
だったらハッタリでもかまして逃げるしかない。
そう思って車から降りた俺はまんまとしてやられたバカだった。
仕事が内装解体で多少腕っぷしに自信があったのが災いした。
前に似たようなことがあった時に同じように切り抜けた経験も良くなかった。
アヤカと一緒にいるんだから、アヤカの安全を一番に優先するべきだった。
緑地公園の中に走って逃げれば良かったんだ。
でもアヤカの前で良いカッコしようとした。
アヤカは俺のそんな粋がったとこに惚れてくれたわけじゃないってわかっていたのに。
俺が車の外に出ると、セルシオから2人、ワゴンRから1人男が降りて来た。
俺よりも3つ4つ下の、まだガキって言ってもいい年の頃に見える。
ワゴンRから降りて来た奴は、公園の常夜灯にニヤつき顔を照らされながら「あーあ、後ろ見ないで下がってんじゃねーよ。おかげでエラく凹んじまったよ。どーしてくれんのよ?」と慣れた口調で言った。
最近、この辺では恐喝事件が度々起こっているとツレが言ってたが、まさか自分が出くわすとは思ってなかったし、何とかなるって甘く見ていた。
実際ツレと一緒にいる時に他の半グレめいた奴らに因縁付けられた時は返り討ちにしてやったから。
大体、こういった場合ってのは、気合いが勝った方が主導権を握る。
一歩も引かない、逆にやってやるって声と態度が場を制するんだ。
「ライトも着けずに真後ろに停まってる方がおかしいだろうよ」
威嚇するではなく、強い声色で主張する。
ワゴンRの奴じゃなく、セルシオから降りて来た2人に対して。
「アア? 何でコッチに言ってんだよ、オメーが謝る相手はコッチじゃねーだろが! 俺たちゃ無関係だよ、たまたまここに居合わせただけの……アレよアレ」
「善意の第三者だろ」
俺がそう言って教えてやると、無視されたワゴンRの奴が大声でわめき出した。
「……アア? オマエ何偉そうにしてんのよ! テメーが車ぶつけてんのに全然反省してねーな! どうしてくれんだつってんだよ! 大体オメーが謝るべきはコッチだろうが! 無視してんじゃねえ!」
「どう考えたってグルだろ? ハイビームで後ろのワゴンRに気づかせないように入って来たし、他に車いないのにわざわざ俺の車の横に停めるし。
最近恐喝して回ってるって噂が立ってる奴ら、お前らのことだろ?」
するとセルシオから降りてきた2人のうち、後ろで腕を組んで今まで一言も発してなかった目の細い奴が「俺たちゃ関係ねーよ。大体後方不注意で人様の車にぶつけといて、謝罪の一言もナシってあんた、第三者の俺達から見ても謝る気ないって判断しかできねーな」と白々しいことを言う。
「だったら警察に現場検証してもらって、保険屋に判断してもらうしかないな」
俺は110番通報するためポケットからスマホを取り出そうとした。
「ざけんな、コラ!」
ワゴンRの奴はそう言っていきなり殴りかかって来た。
俺はそいつの右腕を掴み、頭突きを顔面に食らわせてやった。
顔を抑えうずくまるそいつを蹴り、俺から離れた位置に転がすと、横から殴りかかってきた「善意の第三者」の言葉がわからない男のパンチをかわし、腹に膝蹴りを入れ、うずくまろうとするそいつの頭に肘を落とす。
膝まづいたそいつをワゴンRの男と同じ方向に蹴っ飛ばすと、いかにも大物です風の腕組みをした細目の男を見る。
まだ余裕で腕組みをしているこいつが多分リーダー格だ。
こいつをどうにかできればこの場を切り抜けられる。
俺は一歩そいつに近づく。
「何先に手出ししてんのよ。こっちは善意の第三者で何も悪い事してねーのによ? お前、どんだけケンカっ早いんだよ。そーゆー奴は長生きできねーぞ」
と余裕ぶったことを言う細目の男。
何か武器でも持ってんのか?
だけど、これだけじっくり見れてたらナイフだろうと何だろうと、いくらでも対処はできる。
「オラアッ!」
バキャン!
突然大して大きくもない気合いを入れる声と車のガラスが割れる音が俺の後ろから聞こえた。
「きゃあっ!」とアヤカの悲鳴。
俺が振り向くと、いつの間にかもう一人の男が鉄パイプで俺の車の助手席のガラスを割って、中に手を入れドアを開けようとしている。ワゴンRにもう一人乗っていた奴が俺に気づかれないようにそっと助手席側に忍び寄っていたのだ。
「アヤカ!」
俺がそう叫んだ瞬間、脳天に今まで味わったことのない衝撃が走り、一瞬目の前が真っ白になる。
辛うじて振り返った俺の目に映ったのは、偉そうにリーダー然とした奴が、隠し持ってた特殊警棒を再度俺の頭に打ちおろす瞬間だった。
特殊警棒をかわそうと思ったが体は大して動かず、俺の額を掠めた特殊警棒は俺の額の皮を引っぺがしそのまま流れて俺の鼻を潰した。
それで俺の意識は飛んでしまったんだ。
俺の意識が飛ぶ間際も、先に地面に転がしてた奴が何か喚きながら殴りかかってくるのと、もう一人がワゴンRの後部座席から鉄パイプを取り出そうとしているのと、リーダー然とした男が更に俺の肩の辺りに特殊警棒を振り下ろそうとする動きが見え、意識がブラックアウトした。
俺の意識が戻った時、いつの間にか緑地公園の芝生の上にうつ伏せに倒されていた。多分少しでも人目につかない場所に、って引きずってこられたんだろう。
駐車場からはそれほど離れていないが、林の中になっていて駐車場からすぐには見えない。
俺が意識を失ってから散々俺をボコにしたんだろう。
意識が戻っても全身が動かない。
全身、腕も足も全て痛むが、特に背中の真ん中あたりと左の胸が痛む。
肋骨も折れているようだ。
浅くしか呼吸出来ない。深く息を吸い込もうとすると折れた肋骨が動いて激痛が走る。
眼球も飛び出てるのか潰れたのか、もう左は見えない。
手で触って確認しようにも手が動かない。鎖骨も折れているのだろう。
内出血して殆ど黒に染まった視界で辛うじて見えている俺の右目。意識が戻って最初に右目が捉えたのは、林の中に辛うじて射し込む常夜灯の明かりに照らされて、俺の恋人のアヤカが必死で抵抗しようともがき続ける両足を抑えつけて男たちが乱暴している場面だった。
「痛ってー、この女噛みやがった! どんだけタチ悪いーんだよ!」
バシッとアヤカを殴打する音とアヤカの悲鳴。
俺は止めろと叫ぼうとしたが、息を吸った瞬間に左胸に激痛が走り、辛うじて吐く息で「止めろ……」と蚊の鳴くような声しか出せなかった。
アヤカの足が林の中に漏れてくる常夜灯の明かりで妙に白く見え、それが男たちに掴まれ汚されバタバタと暴れている。
「止めろ……俺が悪かった……頼むから止めてくれ……」
俺は奴らに必死で頼んだが、俺の蚊の鳴くような声は興奮している男達の耳には入らない。
俺は自分の無力さと、あの時の無謀だった自分自身が悔しくて、涙がにじんだ。
興奮した男達の下卑た声。
乱暴されるアヤカのすすり泣く声。
アヤカ……
すまない……
俺が、俺が自分を過信していい気になったばっかりに……
アヤカはもう抵抗する気力が失せたのか、アヤカの足は男達が動くたびにぶらぶらと揺れている。
アヤカに噛まれ、一度その場を離れた男が、どこからか片手で持てる石塊を持って来て一人の男を突き飛ばしてどかせ、アヤカの横に膝立ちになる。
「この歯が行儀悪いよなあ!」
「止めて! お願い! 助けて!」
アヤカの懇願も聞かずに男はアヤカの顔と思しき所に思い切り石塊を振り下ろす。
ボグッという鈍い音と同時に、アヤカの足が跳ね上がる。
「ひたいぃ! ひゃあめれええよおおおぉ……」
アヤカの悲痛な叫び。前歯が折れて発音が……
「止めろ、止めてくれ……」
俺は蚊の鳴くような声を必死に絞り出す。
「オラッ! ざけんなオラアッ!」
怒りと破壊に酔った男には俺のか細い叫びは全く届いていない。
何度も何度もアヤカの顔に石塊を振り下ろす男。
「ひゃめれぇ……」
アヤカは顔を腕でかばおうと体を何度も捩るが、右手は怒り狂った男に、左腕も最初からアホみたいにその場で見ている男に抑えつけられていて果たせない。
「ちょっと顔かわいいからって」
ドグッ
アヤカの足は男が石塊を振り下ろす度に大きく跳ね上がっていたが、徐々に動かなくなる。
「調子んのってんじゃねーぞコラァ!」
ボグッ
そんなアヤカの様子に気づかず男は執拗に石塊を振り下ろし続ける。
「潰れちまえば一緒だコラアッ!」
ドグッ パグッ パグッ ボグッ
鈍い音だけが響く中、リーダー格の男が止めに入る。
「オイ、テツヤおめー、やりすぎだろ。完全に死んでんぞ、どうすんだよ」
「アアっ? 知らねーよ、このクソ女が悪りーんだろがよ!」
「オマエ、頭に血ぃ昇らせ過ぎだわ。殺しちまって死体の処理どうすんだって聞いてんだよ。アテあんのか? あんなら一人で後始末しとけよ。俺らは関係ねーかんな」
「おい、トシ。おめーは一番にこの女に乗っかってんだろ? おめーは関係ねーなんて言える立場じゃねえよなあ?」
「……わかったよ、ちょっとセンパイに当たってみるわ。オメーはとにかく落ち着けよ」
トシと呼ばれた、最初に腕組みして大物ぶってたリーダー格の男はスマホを取り出すと、茂みの中に入って行った。
センパイに連絡を取るのだろう。
「おい、ショウタいつまでやってんだよ。いい加減にしとけや」
テツヤと呼ばれた最初にワゴンRから出て来た男は、息絶えたアヤカにまだ群がっている男の一人をそう言って小突く。
最後までアヤカの腕を抑えつけていた男は「なあ、本当にこいつ死んでんの……か?」と半信半疑なのかそう小声を漏らす。
「ああ、やりすぎちまったからな。よく見たら顔なんかもうグッチャグチャだわ。全く人様に歯を立てるなんざ、躾がなってねえわ」
テツヤが吐き捨てるように言う。
……
…………
……アヤカ……
……何でアヤカがこんな目に遭わなきゃならなかったってんだ!
俺が軽率だった、だけどいくら何でもこんな、こんな!
アヤカは乱暴しようとしたコイツ等に必死で抗い、殴られ、蹴られ、結局無理やり乱暴され、そして……石で顔面を滅多打ちにされて殺された。
見ず知らずの男たちにオモチャ扱いされて殺されるなんて、なんでそんな目に遭わなきゃならなかったってんだよ!
「くっ、ぅふぅ……ぅううぅ……」
俺はアヤカを理不尽に嬲り殺したコイツラに、何もできない俺自身が悔しくて、涙を流しながら、何故か無事だった歯で芝を、土を噛んだ。
青臭い臭いと、ジャリッとした感触が、血の味で満たされる口の中で感じられる。
思い切り土を奥歯で噛むと、がきっと音がして奥歯が欠けた。
「ニシダセンパイが引き受けてくれるってよ。ソイツラの車にソイツラの死体と証拠になりそうな鉄パイプとか乗っけて夜のうちにニシダセンパイの自宅兼職場まで持って来いだってよ」
電話を掛けに行っていた、トシって奴が戻って来たようだ。
「えー、ニシダセンパイかよ、あの人やばくね?」
「しゃーねーだろ、テツヤが無茶苦茶やりすぎるんだからよ。男の方はまだ死んじゃいねーみてーだけど、時間の問題ってとこだろーし」
「え、まだ生きてんのかよ。とっくに死んだと思ってたわ」
「ばっか、オメー人間そう簡単に死なねーモンなんだよ。生きててもその後マトモな暮らし出来るかつったら無理だけどな。ま、障害年金とか出るんじゃねーの」
「もう俺らにビビってるだろうから、その金も毟り取ってやろうぜ」
「ユウト、おめー本当にバカだな。ソイツ生かしといたら俺らがやったのバレんだろうが。そいつも殺っちまうんだよ」
「……どうする? テツヤさっき散々鉄パイプでコイツんとこボコってたけどヨォ、そんなムカつくんだったらテツヤ殺っちまえよ」
「いや、もうさっきボコって気分晴れたわ。つーか、オマエラぜってーバレたら俺が一人でやったって俺に罪なすりつけるつもりだろうが! そんなこたーさせねーぞ! さっきそこに補修工事してた現場あったからよ、ショウタそっからトラ紐持って来いよ」
「トラ紐なんてどーすんだよ」
「いーから取って来いつってんだろ!」
テツヤがショウタって奴を蹴っ飛ばす。
ブツブツ言いながらショウタは茂みの奥に入っていく。
「しっかし大したもんだな、コイツ。ここまでやられてまだ生きてるんだからよ。流石に俺らに上等切るだけのことはある、ってことなんかな。
ま、つっても自分の女が乱暴されてても、ちっちぇー声で泣くくれーしかできねえんだから惨めなもんだよな」
ドスッ
そう言ってトシって奴が俺の背中を踏みつける。
一番痛むところを踏みつけられ、痛みで息が止まる。
「もう半身不随確定コースだな。ざーんねん、生きててもチンコも勃たねえしションベンもクソも駄々漏らしで何もいい事ねえな。そんなんで惨めに生かされるよりも、ここで息の根止めて貰えるんだから俺らに感謝してくれなきゃ、だよなアッ!」
テツヤが俺の頭をダンッと踏みつけ、勝ち誇ったようにグリグリと靴の裏で抉る。
俺の顔は潰れた鼻が芝生に埋まり、浅い呼吸も苦しくなった。
「遅せーなショウタ、トラ紐持って来るくらいさっさとやれよ、どんくせえ」
「こんなもんどうすんだよ」
「こいつの首に巻けよ、さっさとしろや」
そう言ってテツヤが俺の頭を踏んでいた足をどけ、俺の髪の毛を掴んで頭をグイッと持ち上げる。
「何だよ、人使い荒えーな」
ブツブツ言いながら俺の首に二周り程ロープが巻かれる。
俺の頭を掴んでいたテツヤが手を放す。
俺の顔はまた芝の地面に落ちる。
「さーって、ホンじゃあよ、俺達がお互い仲間だっつーキズナ、しっかり作ろうぜえ!
ロープの両側持って、全員で引っ張んだよ。そしたら誰か一人が殺ったんじゃねえ、俺達全員でコイツを殺ったてことになるもんナア!」
テツヤの言葉に、全員が沈黙している。
自分自身は殺人を犯したくない、そう思ってるんだろう。
アヤカにあんなことしといて、暴走するテツヤを止めもしねえでヘラヘラしてたくせに、そんなとこだけ保身に走るって、どこまで腐った小物なんだ!
こいつら、絶対に殺してやる……
しばらく誰も何も言わず固まっていたが、フウッと溜息をつく奴がいる。
リーダー格の男、トシだ。
「しゃーねーな、だったらとっとと殺っちまおうぜ。ニシダセンパイ、あんま気が長げー人じゃねえからな、待たせるとロクなことになんねーわ」
トシって奴がそう言って、だるそうにトラロープの端を持つ。
それを合図に他の男たちもノロノロ動き出す。
「ユウトもショウタも早くしろよ!」
トシと反対側のトラロープの端を持っているだろう、テツヤが他の2人を急かす。
トシの側にはショウタが来た。テツヤに散々パシリ扱いされていたのが気に入らないのだろう。
「それじゃー、とっととやっちまうか。おう、綱引きの掛け声どんなだった?」
「オーエス、オーエスじゃねえの」
「他じゃ言わねーよな、何だよオーエスって、どんな意味だっつの」
「どーでもいいわ、そんなん! オラ、そっち引っ張れよ! せーの」
奴らがトラロープを引っ張り、俺の首を締め上げる。
トラロープの張力が俺の横たわった体の上半身を引き上げる。
絶対に奴らを殺してやる!
奴らが引っ張るトラロープが首に食い込み、俺の組織の弱い部分、目から血が流れだす。
鼻からも血が流れ出しているが、それはもう散々に特殊警棒や鉄パイプでぶん殴られたせいでもある。
俺の首が締まり、俺の頭部の血液が行き場を無くし頭蓋骨内に充満する。
充血した血が俺の頭を破裂させようとしているように脳を、頭蓋骨を圧迫して、今にも頭が割れそうだ。
散々コイツラに鉄パイプでフクロにされた俺の体は、あちこち骨折して動かない。
両腕も鎖骨が折れてるから上に上げることが出来ない。
さっきまで芯から響く痛みが全身の骨という骨から突き刺すように俺の中を駆け巡っていたが、今は首から下は痺れたようになって何も感じない。
呼吸が出来ず苦しい。
カハッ、と俺の肺は空気を求めて動こうとするが、肋骨が折れた上に痺れてしまっている俺の肺は動こうとしない。
両腕をだらんと垂らし、調子に乗ったコイツラの狂宴に供物として捧げられ、首に巻き付けられたトラロープを両側から引っ張られて上半身をせり上げさせられているのが今の俺だ。
だが、生贄にだって、意地ってもんがあるんだ。
コイツラを殺さずに死ねるか!
死ねるか!
……せめて、残っている歯で奴らの手でも指でも食いちぎってやりたい!
ギリギリと奥歯を噛みしめると、さっき口の中に入った砂利がバキンと砕けた。
ああ、アヤカ……
俺がバカだった。
俺が愚かだった。
やり直せるなら、俺はあいつらを、そして俺を……
まともな思考はそれが最後だった。
痺れが口にも来た。
だらしなく開いた俺の口から、血混じりのよだれがとめどなく流れ出る。
口の粘膜や目の粘膜から、血が噴き出した感触がすると
何も見えなくなり
スーッと力が 抜 け
何も
かんが
え
られ
な
くな
っ
た
俺の口の中に何かが入って来た
バツンッ
俺は反射的にそれを噛む
前歯で噛み切ったそれを奥歯でかみ砕く
ゴリッ、ゴリッ
固く歯ごたえがある
不味い
だが、噛み切ったものとは違った、香しいものもある
それはとても甘美で、俺にとってとても大事で必要なもの
飲み込む
俺の欠けた何かが戻って来たような
俺にとって大事なものの一部
俺は口を開ける
閉じる
バツンッ
また音がして 俺の口に何かが入って来た
俺はそれを奥歯でかみ砕く
ゴリッ、ゴリッ、バキン
これも歯ごたえがある
不味い
飲み込む
満足できない
だが……
このまずいものを全て片付けてから
俺は、
俺を満足させるさっきのものを
食べたい。
最初のコメントを投稿しよう!