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第1章 安西航 3
「あの、貴方の名前と連絡先を教えて下さい」
岩崎茜は航に頭を下げてくる。
「別に連絡先位教えてもいいけど…何でだよ?」
すると茜は即答した。
「それは勿論、後日何かお詫びを…」
「あー、そんなものいらねぇから」
航はフイと視線をそらせた。
「そう…ですか…」
俯く茜の姿が何となく朱莉の姿とかぶってしまった航は溜息をつくと言った。
「ハア…。でもまあ、そっちが名刺を渡してきたんだから俺も渡すべきかもな」
航は言うと、Yシャツの胸ポケットから名刺入れを取り出した。職業柄、航はいつでも名刺を渡せるように持ち歩いているのだ。
「ほらよ、これが俺の名刺だ」
航が名刺を差し出すと茜は丁寧に両手で受け取り、じっと名刺を見つめた。
「安西…航さん…。興信所兼…便利屋さんですか…」
「ああ、そうだ。最も本業の興信所の方は依頼がさっぱりだけどな。まあそれも仕方がないけどな…一か月前に沖縄に移り住んだばかりだから…」
そこまで言って、航は茜がじっと自分を見つめていることに気が付いた。
(しまった!俺としたことが…初対面の女に余計な事をぺらぺらと…)
「じゃあな、クリーニング代とかは気にするな。お互い様だから」
そう言って航は背を向けるとコンビニを後にした。
(どうせもう会う事も無いだろうしな…)
航はそう思っていた。少なくともその時までは―。
住居兼事務所に戻った航は電気をつけ、部屋の窓のブラインドをしめるとまずは自室へ向かった。そしてタンスから新しいTシャツを取り出すと、コーヒーで汚れたシャツとTシャツを脱ぎ、先ほど出したTシャツに着替えた。
汚れた衣類をバスルームへ持っていき、洗濯機に放り込むと次に航はキッチンへ向かった。天井から吊ってある左右の飾り棚に取り付けた突っ張り棚からヤカンを取ると水を入れて、2口ガスコンロに火をつけて湯を沸かす。その間に箸と皿を背後にある食器棚から取り出すと、カットサラダを皿に開け、小型冷蔵庫からドレッシングを取り出して事務所のテーブルへと運ぶ。
ピーッ!
ヤカンが鳴ってお湯が沸いた事を知らせる音が聞こえ、航は台所へ戻ると火を消して、カップ麺のフィルムをはがすと紙蓋を半分開けて、お湯を注いで事務所のデスクへと運んだ。
出来上がりまでの5分間の間、航はスマホのメッセージのチェックをした。
「え…と、明日は1人暮らしの爺さんの弁当配達と…ばあさんの買い物か…。全く雑用ばかりだな…。もうそろそろ興信所の依頼が入って来てもいい頃なのに…。おっと、もう時間かな?」
航は壁にかけてある時計を見ると、手元に置いてあったリモコンに手を伸ばし、テレビの電源をつけた。
そしていつものようにカップ麺を食べ始めた。
「ごちそうさん」
空になったカップ麺とサラダの入った皿に箸を置くと、航はパンッと手を叩いてすぐに台所へ持って行った。台所にあるプラ容器のごみ袋に空き容器を捨てると、冷蔵庫から先ほどコンビニで買ってきた発泡酒に、つまみのチーズをとりだすと再び先ほどの部屋に戻る。
プシュッ!
プルタブを開けて、発泡酒を飲んでいると航のスマホが鳴った。
「うん?誰だ?」
すると、着信相手は最近事あるごとにちょっとした事で航に便利屋の依頼を頼んでくる1人暮らしの高齢女性からだった。
「はい、もしもし…」
『ああ、航君かい?』
「当り前だろう?どうしたんだ?」
『実はお米が無くなってしまったのよ…。明日スーパーで買って届けてくれないかしら…?』
「ああ、いいぜ。スーパーが空いたら買いに行ってきてやるよ。5kでいいんだっけ?」
『ええ。5kで頼むわ』
「他には何かあるか?」
航は紙にペンを走らせ、女性の話をメモに取る。
『他に野菜を頼もうかしらねぇ…そうだ、美味しいお菓子があるから上がって行って頂戴』
「ああ、ありがとうな」
口でぶつぶつ便利屋なんて仕事…と文句を言いながらも、航は頼まれた仕事以上の働きをするので、高齢者たちから孫のようにかわいがられていたのだった―。
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