1. 序章 「伝説の村」

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1. 序章 「伝説の村」

「死なずの村……エリュシラーナ?」  イシュタは、目をぱちくりさせながら今しがた聞いた言葉を口にした。 「それって、だれも死なない村ってこと?」  イシュタが興味をひかれて聞くと、父はうなずいた。 「そう、だれも死ぬことのない、夢のような村だ。地図からも消えたその村は、今や伝承の中にしか存在しない」  暖炉の(まき)がぱちりと()ぜ、炎が父の顔の上で妖しい影となってゆらめいた。うそのような話だが、父がうそをついているようには思えなかった。 「この話は、先祖代々語り継がれてきた。お前も今年で十になる、もういろいろなことが分かる歳だ。私もお前くらいの歳に、この話を聞かされた」  父はそう言うと、懐かしむように目を細めた。  五年前に亡くなった、祖父のことを思い出しているのだろう。  祖父の亡骸(なきがら)は、村の外れにある墓地に埋葬された。イシュタが生まれる前に亡くなった、祖母と一緒に……。  まだ幼く、「死」がよく分からなかったイシュタは、その一部始終をふしぎな心地で見ていた。  ぽんっと頭に手が乗せられ、イシュタは、はっとなる。 「どうした、急にぼうっとして?」 「ううん、何でもないよ。……それより、そのエリュシラーナって村はどこにあるの?」  父はイシュタの耳元に顔を寄せた。そして小さな声でその場所をささやいた。  イシュタでもわかるほど、とても遠い場所だった。  そこへの道のりを思案していると、父はそれを分かってかこう続けた。 「だが、エリュシラーナへ行ってはいけない。決して」 「どうして?」 「そう語り継がれている」 詳しくは父も知らないようだった。行くと良くないことが起こるのだと教えられた。 その話をイシュタに聞かせた翌月――父は亡くなった。  もしかしたら父は、自分の死期を悟ってこの話をイシュタに聞かせたのかもしれない。  そして、父のあとを追うようにして母も亡くなり、イシュタの身内はまだ幼い妹のペルセポネだけとなった―― * * * 「お兄ちゃん?」  ペルセポネが心配そうにイシュタの手を握る。その小さな手をイシュタは握り返した。  これからは、自分が妹を守るんだ。  泣いてなどいられない。 「ペル……お母さんもお父さんもいなくなっちゃったけど、ぼくが絶対に守るから」  ペルセポネはぱちりと瞬くと、天使のような笑顔で答えた。 「うん! お兄ちゃん、だ~いすきっ!」  その笑顔に、イシュタも勇気づけられた。
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