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「お、れ……、俺、は……」
言葉を失った雪也の頭に松永の手のひらが触れる。
ずるい、と思った。
松永の役に立てる以上の幸せを、雪也は知らなかった。
知らなくてもいいと思っていた。
でも、この手のぬくもりは、きっとすごく幸せなことで。
手放したくないと、思ってしまった。
「……おれで、いいの……?」
「……ああ」
ここで、あなたのそばで。
あなたの役に立ってもいいのですか。
「お前が……雪也がいい」
松永の指が、雪也の頬を包む。
雪也は、自分が泣いていることを自覚した。
でも。
だからこそ。
雪也は松永の手を外した。
「契約は……出来ないです」
「……理由をお聞きしても?」
俯いた雪也に、坂本が優しく問いかける。
雪也は一度ぐっと唇を噛んで、坂本を正面から見つめた。
「俺が……今回協力したのはね、松永さんを助けたかったから……だから、松永さんが、俺を使いたいって言うなら……協力したいよ。でも、それは俺がそうしたいからで、お金を貰うのとは、違うじゃん……契約したら、お金を貰うことになるでしょ?」
だから、契約はしない。したくない。
雪也は坂本と、そして松永を見つめてはっきりと明言した。
松永が目を見開いて固まっている。
空気を動かしたのは坂本だった。
「だったら、契約の内容を変えましょう」
「坂本。俺は無理強いは……」
「無理強いとは言い切れません。雪也は他でもないあなたのためなら撮影してもいいと言っています。であれば、契約内容を変更してでも繋ぎ止めておくべきです」
咎めるような松永の声を遮り、坂本がどこか切実な目で松永を見つめた。
理解しないままに坂本の視線の先の松永を見やる。松永は何故か顔を赤くして目を逸らしていた。
「雪也。会社ではなく、松永個人と契約しませんか?」
「松永さんと?」
坂本が提示した条件は雪也に都合の良いものだった。
雪也に対する撮影依頼は、松永からのみ可能とする。
雪也が嫌だと思う撮影は断って良い。
撮影の料金は、雪也が受け取る意思を表示した時は速やかに支払われる。
衣食住分の費用は松永が負担する。
「えっと、それじゃあ、松永さんが……」
「こいつは別に良いんです。あなたがいるだけでメリットはあり余るほど享受しますから」
「おい」
「あなたは、ただ彼の傍にいてください」
どくん、と雪也の心臓が大きく跳ねた。
言われている意味は理解できる。
しかし、それは
「お、れ……」
雪也は恐るおそる松永を見つめた。
視界の隅で自分の目から涙が溢れたのが見える。
急に泣き出すなんて、気味が悪いと思われたかもしれない。
それでも、雪也はこの涙を止める術を持たなかった。
「……そばに、いてくれ」
松永のためだけに存在し、松永の傍にいることだけを求められている。
それは、松永が、雪也自身の存在を、肯定することと同義だったから。
「……っうん」
雪也は、心の深くに一握りの罪悪感を仕舞い込んで、松永の願いに微笑んだ。
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