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「松永さんが望むなら……」
「そうじゃないよ、ユキくんがしたいかどうか」
雪也は答えられなかった。
雪也があそこにいるためには、セックスはしなければならないことで、そこに雪也の意思が介在する余地はなかったのだから。
その代わりに、自分の罪を告白する。
「……俺ね、ほんとは、松永さんのそばにいちゃいけないんだぁ……」
「……どういう意味?」
返事を返さなかったことに、水森は怒らなかった。
雪也のペースに付き合ってくれる水森に感謝しながら、雪也は誰にも伝えるつもりのなかった懺悔を口にする。
「逃げてるの、俺……逃げちゃった。……俺は、ざしきわらしなのに」
「座敷童? 住んでる人を幸せにするみたいなアレ?」
「あそこにいないと、俺は……っ、松永さんを幸せに出来ないのに」
水森が頭に疑問を抱いているのがわかる。
要領を得ない話だということは理解していた。
それでも、言わずにはいられなくて。
「俺はそれでも、松永さんのそばに、いたかったから……」
「ユキくん……」
松永を不幸にしてしまうかもしれなかった。
でも雪也は自分の幸せを優先してしまったのだ。
だからこれ以上は、これ以上雪也が望むのはわがままが過ぎる。
「ユキくんは今、幸せなんだよね?」
「うん……」
雪也から溢れた涙を水森がそっと袖で拭う。
その顔は穏やかだった。
「社長も同じだと思うな」
「おな、じ?」
「うん。そばにいるだけでいい、なんて……きっと社長もユキくんと一緒で、そばにいるだけで幸せなんだよ」
俺があそこにいなくても。
セックスしなくても。
そばにいるだけで、あなたは幸せなのですか?
(俺、あなたを幸せに出来てる?)
「そばにいたいなら、そばにいればいいんだよ! そんで、社長の部屋の座敷童になっちゃえばいいじゃん!」
はっとした。
自分が座敷童として存在するには、あの部屋の中でないといけないと、思い込んでいた。
松永のそばにいても、松永の部屋にいれば松永の座敷童になれるの?
希望を目に宿した雪也を見て、水森はふふっと小さく声を出して笑った。
「元気になったね。ユキくんは笑顔がやっぱり可愛いよ」
「へへ……っ」
「話は終わったか?」
パーテーション越しに聞こえる笑い声に、松永が顔を出す。
雪也はその綺麗な顔をじっと見つめた。
ずっと、憧れていた。たった一度、しかも遠くから見ただけの男だった。
この人のために俺は生きているのだと、ずっと、言い聞かせて生きてきた。
その人に、松永に、そばにいることを請われて。
雪也は今、たしかに幸せだった。
(俺、ずっと、そばにいてもいい? 逃げてきちゃったけど、そばにいてもいいの?)
逃げ出した先で松永を見つけたことは雪也にとって奇跡だった。
遠くで見ているだけで満足だったのに。
雪也にとって松永と接触することは、必ずしも良いことだけではなかったのに。
それでも、あの日。雪也は長年抱き続けた衝動を抑えることが出来なかった。
雪也は一つの決意を胸に抱いた。
「ありがとぉ、水森さん」
「やだなぁ、他人行儀だよ。篤史でいいって」
「ん、篤史くん」
「……ずいぶん仲良くなったな」
やっぱり松永のそばで、松永のためにあろう。
それがいつまでも続くことではないかもしれないけれど。
今はただ、あなたのそばで、あなたに幸せをあげる存在でいたい。
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