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「昨日の撮影うまくいったんですね!」
撮影前の打ち合わせで会社に顔を出していた水森に声を掛けられて、松永はパソコンの画面から顔を上げた。
「ああ。デモを見た先方もご満悦だ」
水森に話しかけられたことを機に一息入れようとパソコンの画面を消す。
タイミングよく坂本がコーヒーを持ってきて、松永はふう、と息を吐いた。
雪也は昨日の撮影で体力を消耗したこともあり、今日は自宅待機させている。
色気が冷めやらずに外に出すのが憚られたのも理由の一つではあるが。
「ああ、そういえば」
思い立ったように坂本が声を上げて、松永はそのままの体勢で視線だけを向けた。
「雪也の外出の件、水森くんに頼んではどうでしょうか?」
「外出?」
突拍子もない話題に水森が首を傾げる。
「家政婦から一日中家の中にいるのが可哀想だと言われてな」
雪也のために雇った家政婦は、母とも言える年齢の女性であるが、雪也に母性本能をくすぐられるのか事あるごとに雇い主である松永に雪也の生活の改善を求めていた。
その一つが外出である。
「俺と出掛けるのを雪也が渋ったら……渋ったらだが……、その時はお願いしたい」
「もちろんですよ〜! 雪也が渋ったら! ですね!」
ニヤニヤと笑みを浮かべる水森に、怒りの琴線を刺激されるが、雪也のためを思って松永は耐えた。
坂本はその様子にくすくすと笑って、自らもカップを傾ける。
「ずっと家の中にいて、社長の幸せを祈ってるなんて、……まるで座敷童みたいですね」
「坂本」
坂本の口から内心秘めていた単語が漏れて、思わず咎めるような声が出る。
しかし、それに反応したのは意外にも水森だった。
「あれ? また座敷童? 流行ってるの?」
「また?」
「うん、雪也もこの前、座敷童の話してたよ。俺は座敷童だからとかなんとか」
思考が停止したのは数瞬だった。
頭の中に入り込んだ仮説に、背中が冷える。
坂本はまだ思い至らないようでのほほんとしていた。
「……今すぐ興信所に連絡しろ!」
「へ?」
乱暴にカップを置いた松永に、坂本が素っ頓狂な声を上げる。
「今すぐですか? 雪也の素性については先日回答が……」
「わかっている! 調べるのは雪也じゃない……座敷童の行方だ!」
そう、雪也ではない。
雪也の素性などわかるはずがないのだ。
半ば確信めいた松永の声音に、坂本もその意味を悟る。
そして坂本は勢いのまま部屋を飛び出した。
雪也の笑顔が頭について離れない。
杞憂だといい。
松永は頭の中に降って湧いた疑問を、今は静かに追い出した。
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