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「こんばんは」
少年、だった。
いや、少年と形容するにはやけに大人びている。
二十歳は超えているだろうが、十代と言われても違和感はない。しかし、身に纏う空気は二十歳そこそこのものではなかった。
天然だろう栗色の髪に、夜でも目立つ白い肌。
シャツの上にロングティーシャツを重ね着し、ジーンズを履いただけの季節外れの青年に、不信感を募らせる。
身長は百八十ある松永より幾分か低いくらいだろうか。ラフな格好ではあったが、しなやかさが見て取れた。
細い眉と垂れ目気味な目尻が雄のセクシーさを彩る。形のいい鼻は顔の真ん中に収まり、少し厚めの唇からは真っ赤な舌が覗いていた。
線が細いとか、華奢という言葉は全く似合わないが、美しい青年だった。
「誰か探してるの?」
「生憎とお前じゃないがな」
松永は、おしいな、と眉を寄せた。
今回の撮影には使えそうにないが、タレントとして所属はさせておいてもいいかも知れない。
松永の考えなど知るよしのない青年は、くすくすと笑った。
「振られたの?」
「……そんなとこだ」
撮影を逃げられたのだから似たようなものだろう。
松永は、胸ポケットから愛煙を取り出して、口に銜えた。
火をつけようと性急にライターを取り出す。その手を青年の指に浚われた。
慣れた手付きで、青年がライターを絡め取る。
「どうぞ」
その長い指が、カチリと火を差し出してきた。松永は流れるような動作で火をもらうと、深く息を吸い、ふう、と煙を吐き出した。
はい、と返されたライターを胸ポケットに戻し、松永はさんきゅ、と礼を言った。
驚くほど自然な動作だった。
「ねえ」
「なんだ」
松永は銜え煙草のまま返事を返した。
未だ青年はほんのりと笑みを浮かべている。
「俺じゃ駄目?」
「はっ?」
思わず変な声が出て、松永は狼狽した。
「俺が、あんたの探し人になってあげる」
微笑んだ青年の瞳の中にどこか必死さを感じて、松永はすっと冷静になった。
「なんだ、ウリか?」
「やだなあ、そんなんじゃないって」
青年の笑みは一瞬だけ奇妙に歪み、そして元に戻った。
「……俺のこと、知ってるのか」
「なんのこと? マツナガサン」
青年の返答は肯定だった。
(そういうことか)
松永は青年の魂胆がうっすらと読めて一つ溜め息を吐いた。
松永は界隈では有名だ。整った美貌と、プロデューサーとしての手腕が一人歩きしている。どこかで噂を聞きつけた人間が、稀に作品に出演したいと直談判してくることもあった。
「生憎と今日はそっち側の人員は募集してないんだ」
松永は青年から目を離して、再び携帯電話を取り出した。
もう時間も迫っている。社員に連絡をしよう。
その腕を、青年が遮った。
苛立つ暇も、戸惑う暇も与えずに青年が掴んだ腕に顔を寄せる。
青年は、挑戦的に松永を見つめていた。
「何を勘違いしてるの?」
「おま、」
「俺、ネコだよ」
青年はにゃおう、と猫の鳴きまねをして松永の手の甲を舐めた。
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