世界と後悔

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 水森が松永に帰宅を連絡すると、松永はまだ会社で仕事をしていた。  そのまま夕飯を食べようと誘われ、二人で会社へと進路を変える。  道中水森は無言で、雪也は罪人のような心持ちでその後をついて歩いた。  気が付けば会社の通用口に立っていて、はっとして足がすくむ。  水森はそんな雪也を見て少し複雑な表情を浮かべていたが、やがてその扉を開いた。 「なんでだよ!」  扉を開けて一番に飛び込んできたのは、知らない男の罵声だった。  漂う不穏な空気に、思わずびくりとして身をすくめる。  入口と反対側の壁に松永が寄りかかっているのが水森の肩越しに見えた。  遠くから見ても眉間に皺がよっているのがわかる。  スタッフもどこかイライラしているようだ。  原因はおそらく、目の前の、彼。  染めた金色の後頭部が何かをわめいている。 「な、なんかあったのー?」 「ゆ、ゆきや!?」  そして水森が静かに扉を閉めようとしたのに気付かなかった雪也は、中の状況を把握しようと声をかけてる。  水森は背後の雪也が声を出したことに驚いて、思わず声を上げてしまった。  中にいるスタッフが慌てて二人を追い出そうと扉に向かう。  それがいけなかった。 「雪也は今来ちゃだ、」 「雪也?!」  駄目、と続く予定だっただろう言葉は、件の彼の言葉で遮られた。  スタッフは一同にしまった、という顔をしている。  雪也の姿を視界に留めた彼は、ずんずんと真っすぐに雪也に向かってきた。 「待て、葵!」  松永が静止の声を掛けるが、怒りに染まった彼には効果がない。  謎の怒りを向けられて雪也は後退った。 「逃げるな!」  雪也の盾となるように前に出た水森を押しのけて、彼は雪也の前に躍り出た。  雪也よりも小さいこの体のどこにそんな力があるのか。手首を鷲掴みにされて、思わず雪也の顔が歪む。 「い、た……」 「葵!」 「この泥棒猫!」  痛みに声を上げた雪也に、彼……葵の手を離そうとする松永。その場に響いた葵の声。 「どろ……?」 「お前、俺の出る予定だったビデオに勝手に出たじゃないか!」  葵は衝撃的な言葉を口にする。  雪也が松永と出会ったあの日、松永が探していた人物。  葵ゆうま。  その彼が、目の前に、いる。  葵は撮影を放棄してどこかに雲隠れしてしまったと、雪也は聞いていた。  だからこそ、雪也は未だにここにいることが出来ている。  その彼が、戻ってきた? 「君は……撮影から逃げたって…….」 「逃げてなんかない! 散歩に行ってたんだ!」  それにしては長い散歩だ。二か月もの間、迷惑を掛け続けたまま行う散歩があるだろうか。 「連絡一つも寄越さないなんて大層な散歩だな」  松永も怒りを通り越してもはや呆れている。  雪也は、それでも葵のおかげで松永と出会えた、ということに内心感謝しないといけないな、と思っていた。  葵の次の言葉までは。 「美冬が探しにきてくれないからだろ!」  みふゆ。  雪也の心が、急激に冷えていくのがわかった。  彼は、何を言っている?
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