座敷童

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(幕間)  松永は病院のベッドの上で、眉を顰めて窓の外を見つめていた。  傍らに控える坂本も無言でその視線を追い、そして小さく嘆息する。  布団と床の上には乱雑に書類が散らばっていた。先程松永自身の手ではたき落とされた残骸。  内容は、坂本も、松永も頭に入っていた。 「雪也は……」  言葉を紡ぐも続かない。  言いたいことは互いに理解している。  出会いから今日に至るまで、共に過ごした時間が鮮明に思い出される。  雪也に、自分は何をしてあげられたのだろう。  貰った分の幸せを、返せていたのだろうか。  いなくなった雪也。  もう何も出来ないのか?  いや、まだだ。  松永は徐ろに立ち上がると、備え付けのクロークを開放した。  シャツを羽織って、ネクタイを通す。  そしてジャケットを取り出した。  坂本が襟を整え、最後に小さな箱を取り出す。  松永は躊躇いがちにその箱を受け取ると、意志の強い目で蓋を開けた。  時計のモチーフがあしらわれたネクタイピン。  雪也があの日残した、プレゼントだった。  一緒に包まれていたカードには、歪んだ文字。  《しあわせ ありがとう》  ぐっと唇を噛んでネクタイを留める。  その時、控えめなノックの音と共に、水森が病室に入ってきた。 「社長……」  水森がちらっと背後を見やる。  その後ろに、葵がいた。 「葵……」  松永はこの事件を大事にしないため、内密に処理をした。  葵は警察の世話になっていないが、精神状態が不安定なため、今は水森の預かりとなっている。 「ごめん、美冬……」  刺されたことはもういい。  出血の割には大したことはなかった。  でも、雪也はここにいない。  松永はあの日の雪也のことを思い出していた。  水森と買い物に行ってきたわりに、暗い顔をしていた雪也。  その顔色は、葵と対面してからどんどん悪くなっていった。  あの時、泣きそうな無表情というものを、松永は初めて見た。  見ていて胸が潰れるような思いをしたのも初めてだ。 「坂本。退院の手筈は出来ているな」 「しかと」  居ても立っても居られず、松永はジャケットを羽織った。  その勢いで、病室の扉へと手をかける。 「美冬!」  だが、その体は未だ中に留まっている。  葵が、松永の腕を掴んでひきとめていた。 「なんで俺がいるのにあいつを追いかけるんだよ! あいつは俺の代わりだろ! 俺の方が可愛いし、俺の方が人気だ! 俺の代わりなんていない! 俺が、」 「黙れ!」  空気が一瞬止まる。  未だかつてないほどの松永の怒気に、葵は目を見開いて押し黙った。  松永の腕を握ったままだった手も今は触れているだけだ。  松永は葵に向き直った。 「葵」  松永に低く呼ばれて、葵は肩をびくっと大きく跳ねさせた。 「確かに、雪也はお前の代わりにここに連れてきた」  様子を見守っていた水森が息を飲む。  葵は松永の言葉に希望を見て、頬の筋肉を緩めた。 「じゃあ」 「でもな」  葵にもう何も言わせないとでもいうように、松永は葵に言葉を被せる。 「お前の代わりはあいつに出来たが、あいつの代わりは誰にも出来ない」  この意味、わかるな?  松永に比較的優しい顔色で死刑宣告をされ、葵ははっと息を飲んだ。  そして。  何も言えなくなった葵を残して、松永は座敷童を取り戻すために、病室を出た。
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