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ここに戻って、何日が経過しただろう。
雪也はベッドにも上がらず、床の上にただうつ伏せに寝転がっていた。
人工的な灯りが頭の上から降り注いでいる。
美春に姿を見られてから、窓を塞がれてしまったので、この部屋に太陽光は入らない。
腕の隙間から光が入ってくるのも嫌で、雪也は小さく丸まった。
目を強く瞑ると闇が深まって安心する。
雪也は松永と過ごした夢の日々を、繰り返し思い出していた。
まだ色褪せない記憶が一つ浮上するたびに、一粒涙が溢れる。
泣きながら過去に思いを馳せて、雪也は小さく自分の世界を統べる男の名前を呟いた。
「み、ふゆ」
彼は弟の存在を知らないのだ。
憧れが恋情に変わって、もう大分経つけれど、彼は、雪也を知らない。
それでも雪也は松永のためにありたかった。松永のそばにいたかった。
しかし、雪也が松永のそばにいるということは、この部屋にいないということは、松永のためにならないのだ。
それも、わかっていた。
雪也はこの家で、この部屋で座敷童になった。だから他の場所へ行ってはいけなかったのだ。
それでも、雪也は、松永に、美冬に必要とされるならどんな形でもそばにいたかった。
いずれそばにいられなくなっても、雪也のことを忘れないでいて欲しかった。だからプレゼントに時計のネクタイピンを選んだ。
松永には子供っぽいデザインだったかも知れない。
所詮は雪也のエゴだ。
今まで自分が祈ってきた幸せの時間を忘れないで欲しい。
一緒にいた時間を忘れないで欲しい。
そして出来ることならこれからの時間も一緒にいたい。
その思いを込めて、雪也はカードをしたためた。
ちゃんと、渡せなかったけれど。
しかし、自分は代わりだったのだ。
はっきりと松永に聞いたわけではないが、雪也は葵の代わりだったという事実がある。
何より、雪也があんなに口にすることを焦がれた名前を、葵はいとも簡単に呼ぶのだ。雪也は悔しくて、悲しくて泣いた。
「み、ふゆ」
この部屋の中なら呟ける愛しい名前。
自分が身を捧げたただ一人の愛しい男。
雪也は誰かに貰われるのだろう。
だから、もう、会えない。
もう、呼べない。
「みふゆ……っ」
何度も震える声で形にした。
松永の、幸せだけを祈って。
「ゆきや」
突然聞こえた愛しい声。
その声に、雪也は体を跳ねさせた。
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