座敷童

9/12
前へ
/47ページ
次へ
「俺はお前の顔なんて知らなかったから、まさか雪也が弟だなんて思わなくて」  弟、という言葉に胸が胸が締め付けられる。 「次の日、弟が逃げたって話を聞いて、俺は安心した。それから、願った。今度は自分のために人生を送れますようにって」  雪也は止まらなくなった涙と、嗚咽を零す。 会ったこともない自分のために、松永はこんなにも心を砕いてくれていたのだ。 「今日の朝、知ったんだ」  お前が、逃げたはずの弟だと。  松永の言葉に体が強張る。  絶望、したのだろうか。自分が、雪也が、弟だと知って。 「弟の行方について調べさせていた。そうしたら、お前の写真が出てきて」 「!」  雪也は耐え切れずに耳を塞いだ。  いくら大好きな松永の声でも、聞きたくなかった。 「雪也」  唇に優しい感触。  雪也は驚いて目を開けた。目の前には松永の端正な顔。  気持ち悪さのかけらもない、松永の唇。  心から焦がれてやまなかった松永からのキスは、雪也の強張りを解いた。 「聞いてくれ」  外された手を握られ、離れた唇が言葉を紡ぐ。 「あんなこと、二度とさせたくなくて、お前を開放したくて仕方がなかったのに、気付いたら知らないうちにお前に同じことを強要していた」 「ちがう!」  それは違う。  雪也は必死で松永に思いを伝えた。  松永のためならなんでもしたかったのだと。松永に抱いてもらえなくても、そこに松永がいるだけでよかったのだと。松永のそばに、いたかったのだと。 「す、き、だった。ずっと、美冬が、すきだった」  雪也は泣きながら、それでも松永に思いを伝えた。  弟だと、思ってくれただけで嬉しい。  抱いて欲しいとも、そばにいたいとももう望まないから。  だから、この思いだけは伝えたかった。  松永に幸せになって欲しい。  これは雪也の長年の願いで。  だからこそ返事など期待していなかった。  松永に罵られる覚悟はしていたけれど、思いを、返されることなど。 「愛してる」  松永は雪也の指に自らの指を絡めて、そして、優しくささやいた。 「雪也を、愛しているよ」  驚きで瞬きを忘れた雪也の顔面に松永の口付けが降り注ぐ。何度も、何度も愛をささやいて、松永は雪也に口付けた。 「俺の幸せを望むなら、ずっと、そばにいてくれ」  雪也は目を閉じて、ゆっくりと頷いた。涙に濡れていたが、松永が見た中で一番可愛らしい微笑みだった。 「おまえはもうこの家の座敷童じゃない。……俺の座敷童だろう」
/47ページ

最初のコメントを投稿しよう!

98人が本棚に入れています
本棚に追加