プロローグ

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「コンセプトが違うでしょう!」  坂本に耳元で怒鳴られて、松永はわかるぞ、と鷹揚に頷いた。  その態度が更に坂本の機嫌を悪くすることは理解していたが、連れてきてしまったのだからどうにもならない。 「わーお」  その間にも青年は興味深そうにスタジオを見回し、感嘆なのかわからない声を上げていた。  確かに顔は整ってはいる。  だが、雰囲気はいかにも軽薄で、そこら辺にいるちゃらちゃらした大学生と変わりない。更に言えば、可愛いと称されるネコ男優たちと比較して明らかに上背があった。  体も華奢というには分厚い。マッチョでは無いことが唯一の救いか。  しかし、出会えそうで出会えない、カメラの中にだけいる小悪魔な恋人。そのコンセプトには、些か遠かった。  途端に押し黙るスタッフ。 「しゃちょ……」 「一か八かだ。……本人がネコだと言っている。他に手もない。撮るだけ撮るぞ」  社員の呼びかけを遮って、撮影の準備を始めさせる。  坂本がまだ何か言いたげであったが、無視を決めた。  見目の整った男を見つけられただけで今はいい。  ダメ元でカメラを回さなければ、何もしないままに信用が落ちてしまう。 「おい」 「なぁに?」  撮影機材を触ろうとして、クルーに怒鳴られそうになっている青年を呼び止める。  青年はどこか嬉しそうに松永を振り向いた。  とてとてと駆け寄ってきた青年が、松永の正面で指示を待つ。  身長の加減で上目遣いになった顔に、怪しげな色気を感じて松永は一瞬たじろいだ。  気圧されたような松永の雰囲気を感じて、坂本が目を丸くする。 「い、行くぞ」  松永はいくつもの視線を振り切るように、青年の手を引いてシャワールームへと足を向けた。 (こいつに、かけよう)  寒空に晒されていた青年の冷たい手を思わず握りしめる。  後ろ目で見た青年は、へらへらしながらもやはりどこか嬉しそうにしていた。
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