初恋の実り 3

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初恋の実り 3

「もしもし」 「想、まだ起きてたのか」 「うん、駿の声が聞きたくて」  そんな言葉で始まるいつものラブコール。  行ったり来たりの優しい言葉のキャッチボールが、夜空に浮かぶ月のように心地良い。 お互いを大切に想い合っているから、まるで月光を浴びているかのように穏やかな心地になるんだよ。 「そうだ、ちゃんとご飯を食べた?」 「ははっ、それがカップ麵を食べてたら、母さんが突然やって来て怒られた」  わ! そうだ、おばさんが部屋に行ったんだ。  僕たちが抱き合った事後のシーツは大丈夫だったのか。  急に不安になってしまった。 「心配するなって。シーツは洗濯機の中だった」 「う……うん」 「想も沢山出してくれて嬉しかった」 「い……言わないで、恥ずかしいから。そ、それより駿ってご飯作れるの?」 「全然! 独身寮はまかない付きだったからキッチンはお湯を沸かすだけだったよ。大学時代はサッカー部の合宿生活だったけど、寮のおばちゃんが作ってくれたしな」 「じゃあ何を作れるの?」  駿が楽しそうに笑い、自信満々に言うのは…… 「だから自分で作れるのはカップ麵だけだ!」 「えぇ……っ、そんなのばかりじゃ身体に良くないよ」 「ははっ、想も母さんと同じこと言うんだな。でも大丈夫。今日は想のお母さんが作った野菜たっぷりのパンを食べたから」 「あ! 僕も同じのを食べたよ」 「じゃあ今日は、俺たち夜ご飯まで一緒だったのか。なるほど胃袋まで一緒か、なんかいいな。そういうのって」 「うん、僕もそう思うよ」  たったそれだけのことが、妙に嬉しい夜だった。 「そうだ。今度は僕がご飯を作ってあげるよ」 「え? 想の手料理! マジか! 嬉しいよ!」  電話の向こうで駿が部屋を走り回っているような気がした。 「駿、静かにしないと」 「ははっ、興奮した。ここ、なんかよく分からないけど、妙に立派な外国製オーブンがついているんだよ。キッチンに異常な拘りを感じるんだ。よほどグルメな人だったんだな」 「へぇ、いいね。オーブン料理か……今度お母さんと練習してみる」 「本当か! うう……っ」 「今度はどうしたの?」 「嬉しくてさ。想が俺のことばかり考えてくれて嬉しい」 「そんなの当たり前だよ。駿は僕の大切な人だ。だから、どこまでもいつまでも大切にしたいんだ」  当たり前の方程式なのに、人は時に道を間違ってしまう。  大切にしてもらうことに慣れて、相手への『大切』をどこかに置き忘れてしまうことがある。 「俺……想のことが言葉で言い表せない程、大切だ。いつも、いつまでも大切にしたい」 「僕も……駿との縁を大事にしたい。それから僕も、駿にとって大切な存在となれるよう、日々意識していくよ」  僕らが身体をつなげることも、そのひとつだ。    互いの身体を労り合うような、僕らの逢瀬。  若い僕らにとって、とても大切な儀式なんだ。  ひとつになれた時の安心感と充足感は溜らない。 「想、ここからは月がよく見える」 「うん、僕の部屋からもよく見えるよ」 「今、同じ月を見上げているんだな」 「そうだね。本当に綺麗な月だね」  徒歩10分しか離れていないが、やはりすぐ傍に居ないのが少し寂しいから、月光を浴びながらのラブ・コールを、きっと3年間繰り返していくのだろう。 「想、おやすみ」 「うん、駿もおやすみ。また明日ね」 「そうだ。明日交差点で会おう」  明日の約束をして眠りに落ちていく。  とても幸せな夜だった。 **** 「お母さん、今日からは駿と一緒に通勤出来るんだ」 「まぁ、よかったわね。それで、またそのネクタイなのね」 「お母さんって……目敏い」 「うふふ、何年想のお母さんをやっていると思っているの」     朝晩は少し肌寒くなってきていた。 「今日はクラムチャウダーにしたわ。昨日のパンと合わせてね」 「ありがとう。あ、美味しい……こんなの作れたらいいな」 「簡単よ。想には、これからいろいろ教えてあげるわね」 「うん。お母さん、宜しくお願いします」 「こんな日を待っていたのかも……」  日溜まりの中でお母さんが笑う。  優しく朗らかに。 「お母さんの写真、撮っていい?」 「え? どうしたの?」 「いい笑顔だから、お父さんにも届けたいなって」 「まぁ、じゃあ想も一緒に撮りましょう」 「僕も?」 「お父さんは想の顔も見たいはずよ」 「そうだね」  二人で写真を撮って、お父さんのスマホに送信した。  向こうは真夜中だから、朝起きたら見て欲しい。  FAXもメールも上手に使い分けて、お父さんと繋がっていこう。  お父さんは、僕らにとって大切な人だから。 「じゃあ、行ってきます」 「行ってらっしゃい」  明るい朝、希望の朝。  僕は向かう。  いつもの交差点へ。  スーツ姿の、大人になった駿と会うために。      
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