初恋の実り 6

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初恋の実り 6

「想、こっち、こっち!」 「駿、お待たせ」 「ん? 大荷物だな? 持つよ」 「大丈夫だよ。これは葉山くんに渡したくて」 「あぁ、想らしいな」  駿と肩を並べて、ゆっくりと歩き出した。  今日は会社の昼休みを利用したランチ会に誘われている。  僕たちの高校の同級生の菅野と、その同僚の葉山くんと会う予定だ。友人の少ない僕に、こんな機会は滅多にないので、朝から会議以上にドキドキしていたよ。 「想、緊張しているのか」 「……大丈夫かな?」 「菅野もいるし、大丈夫だろ。それより今日、会議がこっちであって良かったな!」 「うん、新宿からだと厳しいからね」  今日から僕と駿の会社が共同開発した『ラブ・コール』が全国発売されるので、午前中、合同会議があった。だから終了後、改めて日比谷駅前で待ち合わせをしていた。 「あ、あそこ! もう広告が出てるぞ」 「本当だ!」  ビルの広告前で、二人で立ち止まった。 『深まる秋、色づく心。 あなたとつながるラブ・コール』  いいね、とてもいい!   「駿、いいキャッチコピーをつけてもらえたね」 「あぁ、まるで今の俺たちみたいだな」  その台詞にドキッとする。    駿と抱き合うと、自分の身体が紅葉するように色づくことを知ってしまった、今だから。  駿に強く吸われた皮膚は赤く染まって、余韻を残してくれることも。   「しゅ……駿、まだお昼間だよ」 「うん? それがなにか」  駿があまりに堂々としているので、僕もつられて微笑んだ。 「続きは、また週末にな」 「う、うん」    二人で歩調を合わせて、待ち合わせのカフェに向かった。  オープンテラスは座席の間隔がゆったりしていて、そびえ立つ高層ビル群が大きなパラソルのように心地良い木陰を作っていた。その木漏れ日の中に、先日僕を助けてくれたスーツ姿の男性が、さわやかな風を浴びながら座っていた。  すぐに駿が元気よく話し掛ける。 「菅野、待たせたな。今日はセッティングありがとう。 えっと葉山くん、こんにちは!」    僕は綺麗で可憐な顔立ちの葉山瑞樹くんに対して、懐かしい空気を感じていた。  そのお陰か、人見知りなので緊張するかと思ったのに、言葉が自然と流れ出した。   「葉山くん、あの日は貧血で倒れた僕を助けてくれて、ありがとうございました。お礼を言うのが遅くなって、ごめんなさい」 「いえ、そんなこと、気にしないで下さい」  葉山くんからは品の良い優しさが滲み出ている。    あ、そうだ。お礼を渡さないと。気に入ってもらえるといいな。   「これ、葉山くんにお礼です」 「ありがとうございます。中を見ても?」 「えぇ『ラブ・コール』のビールセットです。自社製品で恐縮ですが、よかったら飲んで下さい」 「このビール、すごく美味しかったので、嬉しいです」  よかった、これにして。心からそう思ってくれているのが伝わってくる。   「想、自社製品をわざわざ持ってきたのか」 えっと、今日は駿の夢が詰まった商品が世に出た記念日だから、つい選んでしまったんだ。   「そうか、そうだよね。でも駿が名付け親だから、つい自腹で買ってしまうんだよ」 「それは嬉しいけどさ~」 「駿、これは本当に凄いことだよ!」  はっ! 人前なのについ駿を素のまま褒めてしまった。  この二人の前では何も隠さなくていいのではと思えるのは何故だろう?  そんな僕たちの様子を見て、僕たちが付き合っていることを知っている菅野がワクワクと身を乗り出して聞いてくる。    「ところで、お前たち、ごきげんだな」 「分かるか。実は俺さ、想の家の近くに引っ越たばかりでさぁ」 「え? 引っ越し……?」  そこから話が弾んだ。  まるで最初から友人だったみたいに。  葉山くんは目が合うといつもニコッと嬉しそうに、笑ってくれる。  それが嬉しくて、胸が一杯になった。  友だちって、素敵な存在だ。  ところが話の流れで、駿の実家の森のログハウスの写真を見せると、葉山くんがふと泣きそうな表情を浮かべたので、心配になった。 「葉山どうした?」 「いや、とても素敵な場所だね。ログハウスも森も……でも何故か無性に懐かしいんだ。ごめん、どうしたのかな?」  懐かしい場所?  その言葉に、僕は居ても立ってもいられなくなった。   「葉山くん、駿の実家は自然豊かで良い場所なので、ピクニックにもいいかも。よかったら僕が現地を案内するので、一緒に遊びにいきませんか」  自分でもこんな誘い、いきなり過ぎるかなと思ったけれども、そうしたかった。  お父さんからのFAXを思い出していた。 『想、人との縁は大切にしなさい。いい交流が生まれそうだと感じたら、想からも世界を広げてご覧』  と、書いてあった。   「想が珍しく積極的だな」 「うん……葉山くんともっと話をしてみたくて、つい」 「いえ、嬉しいです。僕も白石くんと同じ気持ちだから」 「ところで想と俺はいつもセットなんだけど、いいかな?」  僕たちの気が合うのを察した駿が、ストレートに二人の関係を告げたので、僕も覚悟を決めた。この人に隠し事はしたくない。ありのままの僕を知って欲しいから。 「じゃあ、青山さんと白石さんは付き合って?」 「はい、そうです。僕と駿は付き合っています」  人前で駿とのことを告白するのは、菅野と小森くんに続き二度目だ。  すると僕の信頼を、葉山くんも確かな信頼で返してくれた。   「実は僕もあなたたちと一緒なんです。えっと……僕の場合、相手に小学生の男の子がいるので、今、三人で暮らしています」 「あぁ、だからなんですね。僕たちのことを聞いても驚かないのは」 「えぇ、二人はとてもお似合いなのでピンときました」  似合っている?    そんな風に見えているなんて、嬉しい!  高校時代まではよく「なぁ、なんで青山と白石っていつも一緒なの? 全然タイプ違うじゃん。お前、白石といて面白い?」とか「おーい、駿! 大人しい白石なんて放っておいて、こっちに来いよ」と、乱暴な言葉が、僕の耳に届いたから。  でも駿はそんな言葉に臆することなく、いつも傍にいてくれた。    昔も、今も、この先も、ずっと。 「そうだ! 良かったら僕の車で行きませんか」  葉山くんとのご縁も、きっとこの先も、ずっと続くといいな。 **** 「想、よく晴れているわね。今日は運動会日和ね」 「そうだね。あ、お母さん、荷物、持つよ」 「ありがとう」  次の日曜日、早速僕はお母さんを連れて駿の新居に向かった。 「どうぞ」 「うふふ。エスコートしてくれるのね」 「うん」  お母さんが青い車の助手席に座ってくれると、とても嬉しくなるし、ほっとする。こんな風に思うのは何故だろう?  まるで誰かの叶えられなかった夢を引き受けているような不思議な心地がするよ。  「お母さん、今度新しい友人をこの車に乗せて、駿の実家に遊びに行くんだけど……お母さんにも紹介したいな」 「まぁ素敵なことね! 楽しみにしているわね。想の新しいお友達に是非会いたいわ」 「うん!」  青い車は走る。  ありったけの優しさを積んで、今日も真っ直ぐに。 補足…… 今日の話は『幸せな存在』実りの秋13とリンクしています。 https://estar.jp/novels/25503412/viewer?page=1405&preview=1
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