大切な人 8

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大切な人 8

 僕も葉っぱを、両手で集めてみた。  音と感触に少し驚く。  カサカサと乾いた音がする葉、ガサガサと触れただけで崩れてしまう葉、まだ水分を残している葉。  実際に触れてみると、いろんな葉っぱがあることに気付けた。  どれも見ているだけでは、知らなかったことばかりだ。 「そうくんもいっしょにあーそーぼ!」 「うん!」 「お空にむかって、いっしょに投げよう」 「行くよ!」 「わぁい!」  僕も葉っぱを空高く放り投げてみた。  空からパラパラと降ってくる葉が、顔や頭にあたって擽ったいよ。  あぁ……お父さん。  お父さんに抱かれて、見上げた空は青かったです。  幼い僕はお父さんの身体をベッドのようにして、大空を夢中で見上げていましたよね。  空に向かって、あの日のように手を伸ばしてみた。 「お父さん、元気にやっていますか。僕……今、お父さんと同じ空を見上げています。今日は小学生の友人が出来ましたよ。一緒に落ち葉のベッドや落ち葉のシャワーを体験しました」  もう、じっと硝子越しに見ているだけではない。  僕も物語の中にいる!   「芽生くん、とっても綺麗だね」 「えへへ。よかった! そうくんおめでとう! ボク、今、おもしろいこと見つけちゃった!」 「何かな?」 「この重い石と軽い石をいっしょに落とすと、いっしょに着地するの。重たい方がぜったい速いと思ったのに」 「あぁ……『重いものと軽いものは同じ速度で落ちる』っていうのだね」 「ふしぎだなぁ~ 重たい方が速そうなのになぁ。もう1回やってみようっと!」  芽生くんが夢中で石を何度も地面に落下させる様子を見つめ、微笑ましい気持ちになった。いずれ学校で学ぶことを、こうやって先に身体で体感できるのって素敵だね。 「想、子供って可愛いな。さっきまで走り回っていたのに、今度は頭をフルに使っているぞ」 「本当にそうだね。自然って色々な事を教えてくれるんだね。僕も小さい頃、こんな体験をしたかったな」  僕の知識は、ほとんど本や映像からだったので、少し羨ましくなった。実際に体験や体感していないものばかりで、急に僕には何か欠けているのではと心配にもなってしまった。  僕の心の些細な変化を、駿はすぐに見つけてくれる。   「駿、今からでも沢山経験できるよ。俺たち、また実家に遊びに来よう。沢山自然の中で過ごそう。あとさ……小さい頃は、俺がいつも届けていただろう」 「あ……そうだった……そうだったよ!」 「おいおい、忘れていたのか」 「そうじゃない。あまりに自然に僕の日常に溶け込んでいたから」  下校後、遊びに来てくれた駿は、いつも手にお土産を持っていた。 「色づいた葉っぱ、道の小石、野草や桜の花びら……そうだ、目に見えない空気や匂いというお土産もあったね」 「想が喜ぶ顔が見たくて、夢中で集めたのさ」  春夏秋冬。  駿が部屋に入ってくると、季節の風が吹いた。 「でもさ、今考えたら夏は汗臭かったよな~」 「ううん、暑い中来てくれたのが嬉しかった。冬は白い息を吐きながら来てくれて……身体が冷たかったね」 「へぇ、俺の身体の状態、よく覚えているんだな」 「だって、いつも僕の布団に一緒に入って過ごしたから。いつも肌を触れ合わせていたから」 「そうか、思い返せば、あの頃から俺は想と寝るの大好きだったんだな!」 「駿……なんかそれ……ちょっと恥ずかしいよ」  芽生くんが石の落下に夢中になっている間、僕たちの会話も弾む。  やがて森の向こうから優しい呼び声がする。 「芽生くんー、どこにいるの?」 「あ、お兄ちゃんだ! ボク、行くね!」  芽生くんが満面の笑みで駆け出した。 「お兄ちゃん、ここだよ」 「想くんと駿くんは?」 「森の中にいるよ」 「そうか、芽生くん、楽しかった?」 「うん、たくさん遊んだよ」 「よかったね。 あっ……落ち葉がついているよ」 「えー どこ? どこ? お兄ちゃん~ とって」 「うん!」  森の向こうから、擽ったいほどの甘くて可愛い会話が聞こえてくる。   芽生くんは、まるで背中に真っ白でふわふわな羽がついているようだ。 「駿、子供って天使みたいだね」 「想も天使みたいだったよ。だから俺はせっせと通ったんだ」 「僕が天使? それはないよ。あの頃の僕は……青白い顔をしていただけだよ。あっ……」  駄目だ。また自分を卑下してしまった。  この癖はなかなか抜けてくれない。  もうだいぶ意識改革したのに……    キュッと下唇を噛み俯くと、すぐに駿がそっと僕の顎を掴んで上を向かせてくれた。   「誰が何と言おうと、想は俺の天使だよ。今も昔も! さぁ、こっちを向いてくれ」 「うん……」  泣きたい位、優しい声と仕草。 「想が子供部屋の窓から見上げていた空は、俺が教室の窓から見ていた空と同じだ。想はいつも俺のすぐ傍にいてくれた。子供心に不思議だったんだ。姿が見えないのに近くに感じるのが。だからもしかして想は天使なんじゃないかなって思っていたのさ」 「僕も……学校を休んだ日は寂しかったけど、空の青さに救われていた。駿と繋がっている気がして」  優しい口づけを受ける。  それは天使の羽が掠めたように、淡く優しいキスだった。 「想、ずっと大切にする」 「ありがとう」  今も昔も変わらない。  どんな僕でも受けとめてくれる人が、ここにいる。  それがどんなに心強いことか。  僕も目を逸らさずに、駿を見つめた。 「僕も大切にするよ……駿」  
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