絆 3

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絆 3

「白石剛の息子ですが」 「あっ……会議室へどうぞ」  お父さんの会社の受付で名乗ると、もう事情が知れ渡っているのか、気の毒そうな顔をされた。  ズキンと胸が痛んでよろめくと、すぐに駿が支えてくれた。 「想、大丈夫か! 少し休むか」 「大丈夫。駿、すぐ傍にいて欲しい」 「あぁ想の傍にずっといる」  母の代理ということで、駿にも同席してもらった。  会議室に入ると、すぐに40代位の男性が血相を変えて駆け寄って来た。  真っ青な顔で目を赤く充血させている。  あ……この人って。 「想くんだね。すまないっ」  いきなりガバッと頭を下げられたので、驚いてしまった。  彼はお父さんの同僚だ。何度かお父さんと仲良く並んだ写真が送られてきたから、すぐに分かった。 「若林さん……ですよね? お父さんの同僚の」 「……そうです。白石部長には本当にお世話になってばかりで、申し訳ありません」    何故……彼だけ日本に? 確かにそこは疑問だ。  でも、何故謝るのだろう? 「どうして謝るのですか」 「白石さんは俺の仕事を被って……事故に。実は日本に残してきた息子が病気で、白石さんの後押しで一時帰国させてもらっていました。白石さんは一度も帰国していないのに……俺ばかり、すみません。本当に申し訳ありませんでした」 「……お父さんが、そんなことを」  それを聞いて、お父さんの優しさがじわりと伝わってきた。    同僚の息子さんが病気だと知って、お父さんは自分の一時帰国の分を全部譲っていたのだ。  あぁ……お父さん、お父さん……今すぐに会いたいです。  「謝らないで下さい。お父さんの気持ちを尊重して下さい」 「ですが……」 「それより僕は詳しい状況を知りたいんです。お父さんの状態を」  その時、突然会議室が騒然とする。  何事だろう? 「なんだって? 交通事故じゃないのか。銃撃で車が横転したのか」 「では……白石部長の安否は」 「それがまだ現地の警察と病院の連携が取れていなくて」 「早く調べろ!」  じゅ……銃撃だって?  目の前が再び真っ暗になった。 「しゅ……ん、今の聞こえた?」 「……あぁ」  絶望的なのか、もう。情勢が安定していない国、治安の悪い場所だとは聞いていたが、まさか、お父さんが銃撃に巻き込まれてしまうなんて。そんな恐ろしいことがあるなんて。 「お……お父さんは……」 次々と舞い込んでくる事実に衝撃を受けまくり、以前の僕だったら、もう立っていられない状態にまで追い込まれていた。  だが駿が懸命に僕を支えてくれる。 「想、まだ分からない。希望を持とう」 「うん……お父さんは死なない」 「想……あぁそうだ。想のお父さんは生きている」 「僕は信じている。お父さんはちゃんと戻って来るって」 「そうだ」  祈り――  希望はまだある。  ならば祈ろう。  お父さんの無事を――  お父さんとは、出国前にようやく心が通じ合えた。  まだまだ、これからだ。  お父さん、どうか僕を見つけて下さい。  僕はここです。ここに戻って来て下さい。  家族の元に……  お父さん、絶対に一人で逝かないで!  会議室で祈りを続けていると、若林さんが再び駆け寄って来た。 「想くん、俺は今からカイロに旅立ちます。白石さんが入院しているのは間違いないようです。ただ相変わらず容体がはっきりしないので……とにかく詳しい状況を行って見てきます」  その言葉に弾かれるように、僕も動いた。 「カイロの病院なんですね」 「それは確かなようです」  カイロなら、僕も一緒に行けるのでは? 「若林さん、僕も一緒に連れて行って下さい! お父さんが待っています」 「そ、想くん……」  僕の意志は固かった。  お父さんが僕を待っている。  そう思うから。   ****  ここはどこだ?   見渡す限り、真っ暗だ。  体中が痛くて、歩くのが辛い。  参ったな、私はどうしたのだ?  こんなに足が重たいなんて、初めてだ。  さっきから延々と暗いトンネルを歩いている。  永遠に続くようで途方に暮れていると、やがて目映い光が見えてきた。  ほっとした。  あそこが出口か。  足を引き摺るようにして光に手を伸ばした時、想の声がした。  背後から…… 「お父さん、僕はここです! ここに戻って来て下さい」  想? どこにいるんだ? 「家族の元に戻って来て下さい。一人で逝かないで!」  その言葉にハッとした。  カイロの工場のトラブル解決のために自ら駆けつけて、帰りが遅くなってしまった。国境近く、治安が悪い場所を夜間に通るのは危険だと警戒していた矢先だった。突然閃光が走り、車に銃撃を浴びたのは。  先に運転手が撃たれた。  意識を失った彼に替わってハンドルを握り、必死に逃げた。  カイロ方面に引き返したはずだ。  そこからの記憶がない。  あぁ、そうか……俺も足を撃たれていたのだ。  だから、こんなに痛いのか。  だが生きている。  まだ生きているはずだ。  心臓が動いている。  ただ光に向かう度に、心音が弱くなってきた。  光の先は、まさか天国なのか。  だとしたら引き返さないと。  真っ暗なトンネルを引き返すと、また光が見えてきた。  今度は先ほどのように目映いものではなく、ほわんとした白熱灯の灯りだ。  目を凝らすと、そこは見慣れた我が家のリビングだった。  妻がいて息子がいて……駿くんがいた。  私の大好物のスイートポテトアップルパイが食卓に並んでいた。  妻が紅茶をいれながら微笑んでいる。  息子が健康そうな笑顔を浮かべている。  横には駿くんも明るい笑顔を浮かべている。 「お父さん! お帰りなさい!」 「あなた……良かった。お勤め、お疲れ様です」 「お父さん……ってまだフライングですか。でもそう呼ばせて下さい。お父さん、想と俺……この三年間『初恋』を積み重ねてきました」  家族の笑顔に、私の胸は息を吹き返したように高鳴っていく。 「ただいま! やっと帰ってきたよ。ははっ、驚くなよ。私も『初恋』を成就した仲間なんだ」 「えっ、お父さんとお母さんって恋愛結婚だったのですか」 「そうだよ。しかも初恋同士だ!」  『初恋』と叫んだ途端、心臓が一気に動き出す。  ドクドクと、生命のうねりを感じる。 「お父さん、お父さん……想です。お父さん!」    息子の声が聞こえる。  妙にリアルに……  まるですぐ傍にいるように。 あとがき(不要な方は飛ばして下さい) **** これは……兆しが見えましたね! 年を重ねたせいか、辛い展開を書くのが大変になり、長引かすことが出来なくなりました。なので明日からは一気に浮上したいです。 ちなみに現地情報はかなりぼかしています。 銃撃戦などハードなのも書けないので、どうかふわりと読んで下さいね。 ビザ所得とかそういう問題もふんわりと……お願いします。 私の創作は緻密なドキュメンタリーではなく、人の心の機微を大切にしています。 お父さんが生気を取り戻した『スイートポテトアップルパイ』のエピソードは 10スター特典『Sweet Potato Apple Pie 』からです。https://estar.jp/extra_novels/26044707
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